2009年11月11日

◆ 《 to bear my soul away 》

 恥ずかしながら、ぼくは、友人のブログを見るまで、
 《 I've Been Working on the Railroad 》 という曲を知りませんでした。
 日本では、《 線路は続くよどこまでも 》 というタイトルがつけられて親しまられているそうです。

電車 YouTube I've Been Working On The Railroad
電車 YouTube 線路は続くよどこまでも

電車 YouTube I've been working on the railroad - Johnny Cash

 ふ〜ん、そうなんだ。といったところなのですが、
 翻訳の楽しいところでもあり、こわいところでもあります。

 着服は、衣服を着ること。服用は、服を着ること。── とすれば、
 原作者の衣服(テクスト)をわがものとして服用することが、翻訳者の使命ともいえるのですが・・・

夜 YouTube Couperin: Les barricades mystérieuses / Scott Ross

 話を変えて、ナーサリーライム Nursery Rhymes から、いくつかご紹介します。

   Matthew, Mark, Luke, and Jhon,
   Bless the bed that I lie on.
     Four corners to my bed,
     Four angels round my head;
     On to watch and one to pray
     And two to bear my soul away.

   マタイ、マルコ、ルカにヨハネさま
   ぼくが寝るベッドをお守りください
     ベッドに4隅があるように
     4天使に枕辺にいてほしい
     1人は見守り 1人は祈り
     2人はぼくの魂を(天国へ)運び去るために。


 アメリカのことはよく知らないけれど、英語圏では、《 最もよく知られたお祈り 》 です。
 最後の行には、「寝ているあいだに死んだ場合には」という仮定が含まれています。

 《 25人の紳士たちによって切り刻まれ、
   食べられてしまったアップルパイのA氏の悲劇的な死 》

   A was an apple-pie;
   B bit it,
   C cut it,
   D dealt it,
   E eat it,
   F fought for it,
   G got it,
   H had it,
   I inspected it,
   J jumped for it,
   K kept it,
   L longed for it,
   M mourned for it,
   N nodded at it,
   O opened it,
   P peeped in it,
   Q quartered it,
   R ran for it,
   S stole it,
   T took it,
   U upset it,
   V viewed it,
   W wanted it,
   X, Y, Z, and ampersand
   All wished for a piece in hand.

   A はアップルパイだった
   B はそれをかじった
   C はそれを切った
   D はそれを分配した
   E はそれを食べた
   F はそれを欲しさに喧嘩した
   G はそれを手に入れた
   H はそれを持っていた
   I はそれを調べた
   J はそれを取ろうと跳びはねた
   K はそれをしまっておいた
   L はそれを待ち焦がれた
   M はそれに哀悼の意を表した
   N はそれに会釈した
   O はそれを開けてみた
   P はその中をのぞいた
   Q はそれを4つに切った
   R はそれを取りに走った
   S はそれを盗んだ
   T はそれを取って行った
   U はそれをひっくり返してしまった
   V はそれを眺めていた
   W はそれを欲しがった
   X, Y, Z と&は
   みな一切れ手中にしたがった。


   The north wind doth blow,
   And we shall have snow,
   And what will poor robin do then ?
     Poor thing.
   He'll sit in a barn,
   And keep himself warm,
   And hide his head under his wing.
     Poor thing.

   北風が吹いている
   やがて雪が降るだろう
   かわいそうにコマドリはどうするのだろう?
     かわいそうに。
   納屋のなかに止まって
   暖かくしていて
   首を羽の下に突っ込むのだろう。
     かわいそうに。


   Solomon Grundy,
   Born on a Monday,
   Christened on Tuesday,
   Married on Wednesday,
   Took ill on Thursday,
   Worse on Friday,
   Died on Saturday,
   Burried on Sunday.
   This is end
   Of Solomon Grundy.

   ソロモン・グランディは
   月曜日に生まれ
   火曜日に受洗し
   水曜日に結婚し
   木曜日に発病し
   金曜日に悪化し
   土曜日に死亡し
   日曜日に埋葬された。
   ソロモン・グランディは
   これでおしまい。


   One, two,
   Buckle my shoe;

   1つ 2つ
   靴のバックルを留めなさい

   Three, four,
   Knock at the door;

   3つ 4つ
   ドアをノックしなさい

   喫茶店 YouTube Bob Dylan Knockin' on Heaven's Door

   天国のドアをノックしている

 そうだった! 日本語には前置詞がなかったんだ。
 日本語にない前置詞のことを、日本語でどうやって理解するんだろう?
 もともとない前置詞を理解しようとするから、むずかしくなる。
 日本語を覚えるときに、いちいち文法を理解しながら覚えた?
 そうじゃないよね。どうやって覚えた?
 そんなもんなんだ、と思って、たくさんの語句を目にしたり、聞いていたりするうちに、
 あら不思議、ちゃんと使い分けができるようになっているよ! (^u^)
 そのために、たくさんのナーサリーライムがあるんだから・・・


   Nineteen, twenty,
   My plate's empty.

   19, 20
   ぼくのお皿が空っぽだ。


   Here we go round the mulberry bush,
     On a cold and frosty morning.

   桑の木のまわりを ぐるぐるまわろう
     霜がおりた寒い朝。

   This is the way we put on our clothes,
     On a cold and frosty morning.

   こうやって 服を着ます
     霜がおりた寒い朝。
   

   それでは、また!



posted by 空っぽの皿 at 23:27| パリ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

◆ < 代 わ り の な い > 特 別 な 日

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 喫茶店 YouTube Erik Satie Gnossienne N°1 Alexandre Tharaud
 喫茶店 YouTube Francois Couperin - Les barricades mysterieuses

喫茶店 YouTube Tic Toc Choc de couperin, house hip hop be-alexandre tharaud


 東京の友人が、速水御舟(はやみ ぎょしゅう)の 《 炎舞 》 に会いたいと考えているのだとか・・・。

 1934年(昭和9年)9月、美術雑誌「美術街」(1巻1号)に、御舟が発表した「型を恐れる」という文章の一節に、

 《 絵画修業の道程において私がいちばん恐れることは型が出来るということである。何故ならば型が出来たという事は一種の行き詰まりを意味するからである。芸術は常により深く進展していかねばならない。だからその中道にて出来た型はどんどん破壊していかねばならない 》

 とあります。自己革新への強い意志に基づき、御舟の作風はその生涯を通じて、きわめて短いサイクルによる変遷を繰り返しています。南画風を基礎とした様式から、徹底した写実へ、さらに象徴的な装飾様式への変転、──

 関東大震災の翌々年、1925年(大正14年)に軽井沢で制作された 《 炎舞 》 は、夜の焚火からの落想といわれています。仏教地獄の業火にあえぐ罪人は、作者の知性の技巧でくるりと<蛾>に変化(へんげ)し、焚火の業火に舞い狂う。

 《 この型は、然しいつの間にか、知らず知らずの中に出来て来るものである。それに一番困るのは人からその出来た型を褒めれることである。「ああ云った風な絵はよござんすね」とこう云われると、もともと嫌いで出来た型ではないのだから、その型に一種の愛着もあるし、自然に未練も出来て来る。そうなると型を破壊するのに非常な苦心を必要としなければならない。だから、評判もよかったし、自分でも割によく出来たと思った絵に近い型は、再度手にしないことにしている。》

 《 だから私は常に型を破壊するのに苦心している。いつになったら自分で満足し得られる画境に落付くのだろうか。それは知らない。一生型を壊しつつ終るかも知れない。》


 御舟作品のコレクターとしても有名な武智鉄二(映画監督)は、次のように論じています、──

 《 御舟は、古径や華岳とならぶ昭和日本画壇の大巨峰であるということは、誰もが知っている。しかし、それでは、御舟はどんな絵を描いた人かと問うと、ほとんど誰も正確に答えることはできない。古径の絵には、古径風とでも呼べるパタァンがあって、その数点を見れば、古径の全貌を、おぼろげながら察知することができる。華岳にいたっては、その理解はより一層簡単であって、二点も見ればどんな人間でも、いっぱしの華岳論をやってのけることができるのである。

 それに反して、御舟は、そのような一定のパタァンに拘束されるところがない。ある時期に、ある作風を持つということは、否めないのであるが、その作風の変遷が、微妙で、且迅速であるため、ほとんど二、三年ごとに、画風が変転しているのである。かと思うと、過去の時期の筆致や様式が、とつじょ、先祖がえりのように、後期の作品にあらわれてくることもある。要するに、対象や画材が描法を決定するということなので、テーマをむりやりに自分の型にひきずりこんで処理するようなことはやらない。古径や華岳(この二人にかぎったことはないが、一応、物故作家のなかから名を挙げさせてもらう)のように、自己の小宇宙を形成するということがないので、もっと大きい、幅広い宇宙のなかで、遊泳しているようなところがある。

 ということは、御舟が自己を持たないというのではなくて、すべてを自分のふところへひき寄せてしまうほどの大きさを持っているということなのである。》


 《 なかば子どものたわむれに
   なかば神を心に宿して   》 (ゲーテ 『ファウスト』)

 日本の子どもの遊びに、「たんま(タンマ)!」 という言葉がありますが、
 あれは < 時(タン Temp ) > のことなのかなあ?

 ラテン語の altus (高い ─ 低い)、sacre (神聖な ─ 呪われたる)などは、相反する意味を併用します。

 英語の without は本来は、「それとともに」と「それなしに」の両方の意味をもっていました。今日では後者の意味だけの意味に用いられているようです。また、with が「つけ加える」だけではなく、「取り去る」の意味をもっていたことは、withdraw (取り去る)や withhold (与えない)という合成語からもわかります。ドイツ語の wieder もこれに似ていて、「ふたたび, 新しく」の他に「もとへかえして」の意味もあります。ひとしきり遊戯をした後に、wieder (もう一回)と繰り返す子どもたち。

 <変わりばえのしない>今日という日は、
 じつは、<代わりのない>特別な日なのです。

 《 かくて<時>のさわたつ機を己は織る。
   神の生ける衣を織る。   》 (プルースト 『失われた時を求めて』)


 
 《 今更ら童心に返ることは出来ないが、出来るだけ童心のような純粋な気持になって、あたり前のことを、あたり前にやって行きたいと考えている。》 (御舟 「絵画教習」 1巻3号、昭和8年12月)


プレゼント YouTube Bach Goldberg Variations Played by Glenn Gould (1981)

メール 《 Glenn Gould was saying "Good-bye"
     by making his second recording of "Goldberg Variations"... 》

 日本語の「さよう - なら」、語源からだと「もしも、そうならば」という意味です。
 「もしも状況がぼくらに別れを強いるならば、しかたがないからお別れしましょう」、といったところです。

 英語の「 good-bye 」は、「神があなたと共にありますように」という意味です。スペイン語の vaya con dios に似ていて、フランス語の adieu も同じような意味を持ちます。


喫茶店 YouTube オーバー・ザ・レインボウ / Over the Rainbow

 《 そこでぼくは太陽に背を向けて、
   岩礁の上を崩れ落ちてゆく滝を見つめると、
   恍惚たる想いが次第につのってくる。
   滝は崩れ落ち、たぎり落ちながら
   無数の流れをつくり出し、
   空中高くしぶきを吹きあげる。
   ああ、なんと美しいことだろう、たぎり落ちる水の流れから生まれ出た
   彩り華やかな虹の架け橋よ、流転のなかの永遠よ。
   おまえは鮮やかな姿をあらわしたかと思えば空中に消えてゆき、
   あたりにかぐわしい涼しい霧を撒き散らす。
   虹こそは人間の努力を映し出す鏡だ。
   虹に想いを馳せればもっとよくわかるだろう。
   人生は彩られた映像としてだけ掴めるのだ   》

 ── 『ファウスト』 第2部


 《 人生は彩られた映像としてだけ掴めるのだ 》

 《 時という、つねに眼を光らせるいまわしい敵をあざむくために、駆ける者、うずくまる者、ああ! さまよえるユダヤ人のように、使徒のように、休むひまもなく、駆け続ける人々! 》 

 ── ボードレール 『悪の華』


メール 淡明さんのコメントのなかにあったゲーテの詩

本 ゲーテ 『西 東 詩 集 West-östlicher Divan 』 1819年

   うたびとの書 Moganni Nameh

          Zwanzig Jahre ließ ich gehn
          Und genoß, was mir beschieden;
          Eine Reihe völlig schön
          Wie die Zeit der Barmekiden.

          二十年(はたとせ)を過ぎるにまかせ、
          わが身に頒(わか)たれたものを楽しんだ。
          こよなく美しい 時の一連(ひとつら)
          バルキメーデの世にさながらの。


   至 福 の 憧 れ Selige Sehnsucht

   Sagt es niemand, nur den Weisen,
   Weil die Menge gleich verhöhnet:
   Das Lebendige will ich preisen,
   Das nach Flammentod sich sehnet.

   だれにも告げるな、賢い人らをおいて、
   衆人はただちに嘲むのだから、
   焔の死にあこがれる
   生けるものをこそぼくは称えよう。

   In der Liebesnächte Kühlung,
   Die dich zeugte, wo du zeugtest,
   Überfällt dich fremde Fühlung,
   Wenn die stille Kerze leuchtet.

   おまえを生み、おまえが生むことにした
   愛の夜々は冷えわたり、
   静かな燭が輝くとき、
   見知らぬ感動はおまえをおそう。

   Nicht mehr bleibest du umfangen
   In der Finsternis Beschattung,
   Und dich reißet neu Verlangen
   Auf zu höherer Begattung.

   もはやおまえは暗闇の
   翳りに囚われた身ではない、
   あらたな欲望はおまえを攫(さら)う
   より高いまぐわいへ。

   Keine Ferne macht dich schwierig,
   Kommst geflogen und gebannt,
   Und zuletzt, des Lichts begierig,
   Bist du Schmetterling verbrannt.

   遠さは何の支障でもない、
   おまえはまっしぐらに呪いの力に惹かれて翔ぶ、
   そして究極、光にこがれ
   蛾よ おまえは焼き滅ばされる。

   Und so lang du das nicht hast,
   Dieses: Stirb und werde!
   Bist du nur ein trüber Gast
   Auf der dunklen Erde.

   この <死して成れ!> このことを、
   ついに会得せぬかぎり、
   おまえは暗い地の上の
   暗く悲しい孤客にすぎぬ。

      *

   Tut ein Schilf sich doch hervor,
   Welten zu versüßen!
   Möge meinem Schreiberohr
   Liebliches entfließen!

   ひと茎の葦も 伸び出るときは、
   世界を甘しくするつもり!
   ぼくのペンの茎からも
   いとしいことが湧き出るように!



家 山 種 美 術 館 (東京都渋谷区広尾)



 それでは、また!





posted by 空っぽの皿 at 21:00| パリ 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

◆ うたのおくりもの : ぼくに生きよと言われるなら・・・

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メール YouTube Bob Dylan 1980 What Can I Do For You

 ぼくはあなたのために何ができるでしょう? What Can I Do For You ?

 あなたはぼくにすべてを与えてくださった
 ぼくはあなたのために何ができるでしょう?
 あなたはぼくに ものを見る目を与えてくださった
 あなたのためにぼくにできることはありますか?

 囚われの身からぼくを救い出し、あなたはぼくの心を一新してくださった
 ずっと苦しめられ続けて来た飢えを満たしてくださった
 あなたが開けてくださった扉はなん人にも閉められないもの、
  しかも思いっきりいっぱいに開いてくださった
 そして あなたは限られた人たちの仲間入りをするようぼくを選んでくださった
 ぼくはあなたのために何ができるでしょう?

 あなたは自分のいのちをぼくのために投げ出してくださった
 ぼくはあなたのために何ができるでしょう?
 あなたはあらゆる謎を解き明かしてくださった
 あなたのためにぼくにできることはありますか?

 人はこの世に生まれ落ちるや否や、生気を放ち始める
 自分の目でものを見てずる賢くなり、嘘を信じ込まされるようになる
 その人に待ち受ける死からいったい誰が救い出してくれるのだろう?
 すべてをなし得たのはあなた、そんなふりをできる者はもはやほかには誰もいない
 ぼくはあなたのために何ができるでしょう?

 あなたは与えるべきものをすべて与えてくださった
 ぼくはあなたのために何ができるでしょう?
 あなたはぼくに生き抜くいのちを与えてくださった
 どうやってぼくはあなたのために生きればいいのでしょうか?

 ぼくは害毒のことも、辛辣な非難のこともすべて知っています
 道がどれほど険しくても厭いません、その道がどこから始まるのかだけ教えてください
 あなたを喜ばせることすべて、ぼくはいつも心に刻み込んでおきます
 ぼくなんかにはもったいないことなのに、ぼくはちゃんと切り抜けられたのです
 ぼくはあなたのために何ができるでしょう?


いす YouTube Glenn Gould

   病 者 の 願 い

   死がぼくのさだめなら
   ぼくにはひとつの願いしかない、
   冬には死にたくはない
   悲しみに満ちた冬に!
   それに親しい者に囲まれて
   死にたくはない
   彼らを見れば悲しみはいや増すものを!
   それに ぼくは
   恐ろしい夜に死にたくはない!

   明るい春のそよ風に吹かれて
   たったひとりで バラが芽ぐみ
   暖かい薫りになぶられながら
   ぼくの眼(まなこ)を閉ざしたい!


夜 YouTube Poulenc Melancolie Alexandre Tharaud

 ヒューモア(ユーモア) : humeur [ humor ] は、かつて体液を指しました。胆汁、黒い胆汁、粘液、血液という4体液の配合で、人の気質・体質が決まると考えられていました。メランコリーは、黒い胆汁が原義です。


メール


   人々を避けてぼくはぼくの夢に逃れた
   ほてった手で遥けさをまさぐりながら
   星と雲を相手に爽やかにただひとり
   ぼくの幼いはじめての戦いを物語った。

   豊かな生のなかから摘みとった花々を
   自由に誇り高くいくつかの黄金の環に編んだ、
   遥かな光に包まれて祝別された若者には
   苦しみも荘厳な調べのなかで鳴り止んだ。

   神々の谷、瞬いて光るメアンダーの流れ、
   こころばえも気高い慣習の場所 そして
   南国へぼくはぼくの魂を遍歴させ そこで
   ぼくの魂は王冠を戴いて殉教の死を死んだ。

   そしてきょう ぼくが歌うために
   長い沈黙を破る理由はただ<ひとつ>、
   ぼくたちが黎明の時間を待ち望み そして
   ぼくの暗い親しい人がかく言うからだ、

   ぼくに生きよと言われるなら あなたの鳴り響く
   高脚杯(さかずき)から飲物を欠かすことはなりませぬ
   あなたの傷口からほどばしる灯明こそ
   ぼくの闇のなかで導きの手なのですと。






posted by 空っぽの皿 at 20:57| パリ 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

◆ 《 近 づ く 夜 に 聴 き 入 る、 》

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喫茶店 YouTube Chopin Cello and Piano Sonata, Maria Kliegel & Bernd Glemser, I


   Ihr tratet zu dem herde
   Wo alle glut verstarb ·
   Licht war nur an der erde
   Vom monde leichenfarb.

   冷え切った炉に
   きみたちは歩み寄る、
   屍(むくろ)のように色を失った
   月の光が地上にあるばかり。

   Ihr tauchtet in die aschen
   Die bleichen finger ein
   Mit suchen tasten haschen ─
   Wird es noch einmal schein !

   きみたちはその灰のなかに
   蒼い指を入れ
   せわしげに掻き立てる ──
   もういちど火の色が見えてくるかと!

   Seht was mit trostgebärde
   Der mond euch rät:
   Tretet weg vom herde ·
   Es ist worden spät.

   月が慰め顔に
   きみたちに囁くことばを聞け。
   炉から去れ、
   夜は更けたと。


喫茶店 YouTube Chopin Cello and Piano Sonata, Maria Kliegel & Bernd Glemser, II

   [ ... ]
   Warum die frühlingslüfte froher wären.

   いったい幸福がいつかわたしたちに啓示される時があるというのか。

   Du streichest zürnend über deine locken
   Da ich dich heute schon so ruhig finde . .
   Ich klage fast: sind meine tränen trocken ·
   Die tränen fern von Lilia dem kinde ?

   星をちりばめたこのいざないの夜が
   緑の沃野にそれを探しださないとするならば、
   色とりどりに咲き満ちたこの花々が
   熱気を孕んだこの風が それを打ち明けないというならば?


喫茶店 YouTube Chopin Cello and Piano Sonata, Maria Kliegel & Bernd Glemser, III

   Der lüfte schaukeln wie von neuen dingen
   Aus grauem himmel brechend milde feuer
   Und rauschen heimatwärts gewandter schwingen
   Entbietet mir ein neues abenteuer.

   さながら新しい便りを運んで揺れる風
   鈍色(にびいろ)の空にはやさしい星々が燃え染め
   故郷にむかう翼のそよぎは
   わたしたちに新しい冒険をすすめる。


喫茶店 YouTube Chopin Cello and Piano Sonata, Maria Kliegel & Bernd Glemser, IV

   Nun säume nicht die gaben zu erhaschen
   Des scheidenden gepränges vor der wende ·
   Die grauen wölken sammeln sich behende ·
   Die nebel können bald uns überraschen.

   別れゆく季節のかずかずの華麗な贈りものを
   受け取ることをためらってはいけない、
   暗い雲はみるまにむらがり
   霧はやがてわれらの視界を包んでしまうだろう。

   Ein schwaches flöten von zerpflücktem aste
   Verkündet dir dass lezte gute weise
   Das land (eh es im nahen sturm vereise)
   Noch hülle mit beglänzendem damaste.

   葉をむしって枝を鳴らす
   風の低い笛の音はきみに告げる 最後の恩寵は
   国原を(それがまぢかい嵐で凍てつく前に)
   真白な綸子で包むだろうことを。

   Die wespen mit den goldengrünen schuppen
   Sind von verschlossnen kelchen fortgeflogen ·
   Wir fahren mit dem kahn in weitem bogen
   Um bronzebraunen laubes inselgruppen.

   蜂たちはそのうろこを金の緑に輝かして
   末枯れた花萼(うてな)から飛び去って行った、
   わたしたちは小舟に大きい弧を描かして
   錆色の落葉のつくる島の群れを迂回する。


本 シュテファン・ゲオルゲ ─ Wikipedia
本 Stefan George 『 魂 の 1 年 Das jahr der Seele 』Projekt Gutenberg

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喫茶店 YouTube Bach-Busoni: "Ich ruf zu Dir"
■ Bach - Busoni 《 Ich ruf zu dir, Herr Jesu Christ BWV639 》 Bernd Glemser


   《 C'est bien la pire peine
     De ne savoir pourquoi,
     Sans amour et sans haine,
     Mon cœur a tant de peine!

     なぜかと理由(わけ)も知れぬとは
     悩みのうちでも最悪のもの、
     愛も憎しみもないままに
     わたしの心は痛みに痛む! 》

 ヴェルレーヌの詩句を、ゲオルゲは次のように訳しています ──

   《 Das sind die ärgersten peinen :
     Nicht zu wissen warum ...
     Libe keine ─ hass keinen ─
     Mein Herz hat solche peinen.

     かくも悩むか知らぬこそ
     いかなるゆえにわが心
     愛 ── 憎しみ ── もあらずして
     悩みのうちの悩みなれ。 》

 詩人は、外国語の詩の忠実な模倣よりもドイツ語による記念碑を作ろうと望みました。ゲオルゲは翻訳についてこう述べています ──

 《 ひとりの外国人の著者を紹介しようと希望したからではなく、形式に対する根源的で純粋な喜びからなのである 》 と。

 固有の言語が別の言語によって押しひろげられる、比肩しうる翻訳は、今日でもまだ見当たらないほどに質の高いものとなっています。


プレゼント YouTube Chopin Fantaisie Impromptu Op 66 Cortot Rec 1933

プレゼント TV YouTube The Art Of Piano Great Pianists Of The 20Th Century (1:46:44)


   Ob schwerer nebel in den wäldern hängt:
   Du sollst im weiterschreiten drum nicht zaudern
   Sprich mit den bleichen bildern ohne schaudern
   Schon regen sie sich sacht hinangedrängt.

   おもい霧が森々に立ち込めようとも
   歩み続けることを躊躇ってはいけない
   蒼ざめた諸々の形象と恐れることなく語れ
   それらはもうひっそりと立ち上がって迫ってくる。

   Wenn gras und furche auf dem pfad versteinen ·
   Gehäufter reif die wipfel beugt · versteh
   Zu lauschen auf der winterwinde weh
   Die mit den welken einsamkeiten weinen.

   小径の草も窪みも凍てつき
   霜また霜が梢をたわめようとも
   枯れたさびしい草木と共に泣く
   北風の悲愁に耳を傾けることを学ぶがいい。

   So hältst du immer wach die müde Stirn
   Und gleitest nicht herab von steiler bösche
   Ob auch das matt erhellte ziel verlösche
   Und über dir das einzige gestirn.

   こうして おまえは倦んだ額をいつもしかと起こし
   険しい斜面にも足を滑らすことはない
   たとえ 朧に光る目標が消え
   おまえの頭上の唯一の星が闇にのまれようとも。



 
 おやすみなさい。。。



posted by 空っぽの皿 at 02:30| パリ 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

◆ プロコフィエフ : 《 束の間の幻影 Mimolyotnosti 》 Sotch. 22

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 霧 YouTube Prokofiev plays Prokofiev Visions Fugitives
霧 YouTube Glenn Gould - Prokofieff, Visions Fugitives Op. 22 No. 2

■ プロコフィエフ : 《 束の間の幻影 Mimolyotnosti 》 Sotch. 22 (1915〜17年)
■ K・バリモント Konstantin Dmitriyevich Balmont の序詩に基づく20連曲

本 『プロコフィエフ 短篇集』 モスクワ、カンパジートル、2003年


 「アフリカ行きの船がいつ出るか知りませんか? 」と象が尋ねました。
 「あしたの朝じゃないかな」 心もとない声で、俳優が答えました。
 「それはいい」と象が言いました。「みんなが寝ているうちにおりて行けば、うまくその船に乗り込めるぞ」
 「町に出かけたいのかい」 困ったような声で俳優が尋ねました。
 「もちろんですよ」
 「でも、何をするつもりなの。みんなに気づかれちゃうよ。そしたら、また檻に連れ戻されるさ」
 「うん、確かにそうだ」 象は悲しそうに認めました。「たぶん僕のこの姿じゃ、どこにも隠れられないね」
 しばらく 彼らは黙って立ちつくしていました。
 「さよなら」 短く象は言いました。そして闇のなかに消えてゆきました。


 象はオレンジをねだって、彼のほうに鼻をのばしました。その長くてシワだらけの鼻は、信頼しきったように無造作に突き出されていました。俳優は、激しい怒りに囚われました。
 「こんちくしょう! 」 言い知れない憤りを込めて彼は叫び、象の鼻に思いっきりツバを吐きかけました。
 象がそれにどんな反応を示したか、彼には見えませんでした。なぜなら彼はもう檻にソッポを向いて、いらだしげに人混みを押しやりながら、外に出て行ったからです。


   ( 未 完 )


本 コンスタンチン・ドミトリエヴィチ・バリモント ─ Wikipedia
本 Константи́н Дми́триевич Ба́льмонт ─ Wikipedia (ロシア語)

 22歳の時に失恋して、4階の窓から飛び下り、自殺を企て、そのため一生、片足を引きずっていた詩人。言葉に対する感受性が鋭く、その詩は韻律がみごとで、非常に音楽的であることが最大の特徴でした。
 どんなテーマについても楽々と言葉を選び、音楽的な詩をつくりあげた反面、バリモントの詩は内容と深さに乏しいものでした。

 語学に堪能で、10数ヶ国語をマスターしていたといわれます。
 シェリー、ホイットマン、ポー、ボードレールらの詩を数多く翻訳しています。けれど、極めて自己流の翻訳で、それらの詩はバリモント自身の詩といったほうが近いかもしれません。

 彼の詩は、その内容から今なお<軽薄>のレッテルが貼られていますが、《何よりも音楽を》 というヴェルレーヌの言葉が象徴派のスローガンであったことを思えば、バリモントのみごとな韻律による音楽的な詩が、象徴主義運動において果した役割は、高く評価されなければならないものです。

 1920年代になると、<旧式><保守反動>の烙印を押され、過去の人になってしまいました。彼自身も時代の流れには無頓着で、その旧態依然としたスタイルを変えようとはしませんでした。ボリシェヴィキ政権と相容れなかった彼は、パリに亡命し、過去の栄光を追うだけの生活を送り、狂気と貧困のうちに、ナチス占領下のパリで没しました。


 主 な 作 品

■ 詩集 『北国の空の下で』 (1894年)
■ 詩集 『無限のなかで』 (1895年)
■ 詩集 『静寂』 (1898年)

 厭世的・瞑想的で陰鬱なトーンの作品が多くみられます。

■ 詩集 『燃える建物』 (1900年)
■ 詩集 『太陽のようになろう』 (1903年)

 生の全面的肯定と極端な個人主義、自己称揚の作品が多くみられるようになります。

 パリ亡命後、

■ 詩集 『復讐者の歌』 (1907年)

 極めて社会的で、抑圧されてきた人々に寄せる共感を謳い、革命を賛美した作品。


 それでは、また! 

posted by 空っぽの皿 at 16:54| パリ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

◆ 《 イ リ ュ ー ジ ョ ン を 与 え て い る の で す か ら 》

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Winterlandschaft[1].jpg



夜 YouTube Sergei Liapunov - Etude d'execution transcendante Op.11 No.5 'Summer Night'

 セルゲイ・リャプノフ Sergei Liapunov

 《 12 études d'exécution transcendante pour le piano 》 op. 11
 《 12 Transcendental Études (dedicated to Franz Liszt) 》 op. 11

 1. Berceuse ("Lullaby") in F# major
 2. Ronde des Fantômes ("Ghosts' dance") in D# minor
 3. Carillon in B major
 4. Térek ("The River Terek") in G# minor
 5. Nuit d'été ("Summer night") in E major
 6. Tempête ("Tempest") in C# minor
 7. Idylle in A major
 8. Chant épique ("Epic song") in F# minor
 9. Harpes éoliennes ("Aeolian harps") in D major
10. Lesghinka in B minor
11. Ronde des sylphes ("Dance of the sylphs") in G major
12. Elégie en mémoire de François Liszt ("Elegy in memory of Liszt") in E minor


  ジャン・コクトー Jean Cocteau

  詩集 『オペラ Opéra 』 (ガリマール版 Editions Gallimard )

  赤 い 包 み LE PAQUET ROUGE

  Mon sang est devenu de l'encre. Il fallait empêcher cette dégoûtation à tout prix. Je suis
empoisonné jusqu'à l'os. Je chantais dans le noir et maintenant c'est cette chanson qui me fait peur. Mieux encore : je suis lépreux. Connaissez-vous ces taches de moisissure qui simulent un profil ? Je ne sais quel charme de la lèpre trompe le monde et l'autorise àm'embrasser. Tant pis pour lui ! Les suites ne me regardent pas. Je n'ai jamais exposé que des plaies. On parle de fantaisie gracieuse : c'est ma faute. Il est fou de s'exposer inutilement.

 僕の血はインクに変(な)った。この気持の悪さは、どんな代償を払っても避けるべきだった。骨まで毒がまわってしまった。暗黒のなかで僕は歌っていたものだ、それが今では、その歌が僕には怖い。事実はもっと悲惨だ、僕は今ではライ病だ。横顔の真似をする黴(カビ)の斑点(しみ)、あれを諸君ご存知か? かなしい僕のライ病にどんな魅力のあるものやら、とにかく世間は欺(だま)されて、僕に口づけしたりする。世間は気の毒! あとは野となれ山となれ、僕は知らない。傷口以外、僕は見せびらかしはしなかった。お洒落な見栄だと人は言う、僕が悪いと人は言う、やたら本性を示したり、気ちがい沙汰だと人は言う。

  Mon désordre s'empile jusqu'au ciel. Ceux que j'aimais étaient reliés au ciel par un élastique. Je tournais la tête... ils n'étaient plus là.

 僕のふしだらは、天まで届くほど積もる。なかでも僕が好きなのは 天につながっていたものだ、ゴム紐で結ばれて。僕が脇目をふる・・・・・・するともうなくなった。

  Le matin je me penche, je me penche et je me laisse tomber. Je tombe de fatigue, de douleur, de sommeil. Je suis inculte, nul. Je ne connais aucun chiffre, aucune date, aucun nom de fleuve, aucune langue, vivante ou morte. J'ai zéro en histoire et en géographie. Sans quelques miracles on me chasserait. En outre j'ai volé ses papiers à un certain J.C. né à M.L., le..., mort à 18 ans, après une brillante carrière poétique.

 朝、僕は傾き、傾いて、やがて倒れる。僕は疲れて、苦しくて、眠くてたまらず倒れるのだ。僕は無知、無益(むやく)。数字も、日付も、川の名も、死語も活語も、何ひとつ知ってはいない。歴史も地理も零点だ。何か奇蹟のない限り、僕は放校されるはず。かてて加えて僕はまた、18歳ですばらしい詩業を残して他界した J・C・ (ジャン・コクトー)とかいう名を持った、M・L・ (メゾン=ラフィット Maisons-Laffitte コクトーの出生地)の地に生まれ出た、詩人の戸籍を横取りした。

  Cette chevelure, ce système nerveux mal plantés, cette France, cette terre, ne sont pas à moi. Ils me dégoûtent. Je les ôte la nuit en rêve.

 この髪の毛、具合の悪いこの神経、このフランス、この国土、これらは僕のものでない。これらが僕には厭わしい。夜、夢に、僕はそれらを脱ぎ捨てる。

  J'ai lâché le paquet. Qu'on m'enferme, qu'on me lynche. Comprenne qui pourra : Je suis un mensonge qui dit toujours la vérité ;

 ごらんの通り明け透けに、僕は包みを抛り出す。僕を私刑になさるなり、瘋癲院に入れるなり、どうぞ皆さんご自由に。解る人には解って欲しい、《 僕は常に真実を語る嘘つきだ 》 ということを。


瘋癲(ふうてん):
1. 錯乱や感情の激発などのはなはだしい精神病(の人)。
2. 家出をして、奇抜な服装をしたりシンナー遊びなどにふけって、世間の視聴を集めたり などした若者たち。 『新明解 国語辞典』

 コクトーは、神秘にできるだけ接近しようと、阿片に親しんだ時期がありました。『オペラ』は、ちょうどその頃に書かれました。

 《 僕は敷き写しをしているに過ぎないのだ。諸君の目には不可視のものを敷き写ししているに過ぎないのだ、僕の詩の全部がこれだ 》 。


喫茶店 YouTube Enigma - Return to innocence
喫茶店 YouTube Enigma ~~ Return to Innocence ~~

   エニグマ ENIGMA マイケル・クレトゥ Michael Cretu

   無 垢 へ の 回 帰 Return To Innocence

   愛 ── 献身
   感情 ── 想い

   弱者たることに怖じけず
   強者たることに奢らず
   友よ 己の心を見つめるのです
   それこそが自己への回帰
   無垢への回帰

   己が欲する時 笑い
   己が欲する時 泣く
   自己を偽ることなく
   運命を信ずるのみ

   他人が何をどう言おうと
   己の道を進みなさい
   諦めず 機会に乗じ
   無垢への回帰を図るのです
   
   それは終末の始まりではなく
   自己への回帰
   無垢への回帰


喫茶店 YouTube Enigma - The Cross of Changes

   ザ・クロス・オブ・チェンジズ The CROSS Of Changes

   If you understand or if you don't
   If you believe or if you doubt

   理解しようと 理解できずとも
   信じようと 信じまいと

   There's a universal justice
   And the eyes of truth
   Are always watching you.

   宇宙には摂理が存在し
   真実の眼が
   われわれを見つめているのです。



 ちなみに、コクトーの『オペラ』初版本には、《 夜、夢に、僕はそれらを脱ぎ捨てる。》 の次には、別行で次のようなパラグラフが記されていました。

 《 母は真相を見抜かなかった。僕は母を愛している。彼女も僕を愛してくれる。僕が彼女を欺しているといるとは、おっしゃらずに下さい。代償に僕は、彼女にはまだ息子があるとの<イリュージョン>を与えているのですから 》 と。

 《 Je suis un mensonge qui dit toujours la vérité 》

 《 僕という人間は虚偽(いつわり)だ 真実を告げる虚偽だ 》

 《 詩人というのは、自分以上に深遠な自分のために働く職工のようなものだ。ろくすっぽ知りもしない自分のために、自分のなかに住む、まるっきり知りもしない神秘な力のために働く職工のようなものなのだ 》 。

 《 詩はほとんどいつも予言だという事実を忘れないで貰いたい。詩人の内部(なか)には予言者が住んでいるのだと 》 。

   《 Mon oreille est un coquillage
     Qui aime le bruit de la mer. 》

   《 僕の耳は貝の殻なのさ
     海の響きが好きなのさ。 》

   《 オー! ラ ラ! OH! LA LA!

     神々は存在している、それは恐ろしい事実だ。
     僕は生を愛したが、生が僕を嫌った。
     僕はそのために死ぬほど苦しんだ。
     僕は諸君に僕の夢を真似ないように忠告する。
     ・・・                            》


   わーい(嬉しい顔) モルヒネ中毒患者( patient )の《 誠実な詐欺師 》 より もうやだ〜(悲しい顔)

   それでは、また!

    

posted by 空っぽの皿 at 22:32| パリ 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

◆ 《 インカーネイション : 受 肉 》

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喫茶店 YouTube Chopin Berceuse Op.57, Michelangeli

   第 V 最終楽章

   [ ... ]
   For most of us, there is only the unattended
   Moment, the moment in and out of time,
   The distraction fit, lost in a shaft of sunlight,
   The wild thyme unseen, or the winter lightning
   Or the waterfall, or music heard so deeply
   That it is not heard at all, but you are the music
   While the music lasts. These are only hints and guesses,
   Hints followed by guesses; and the rest
   Is prayer, observance, discipline, thought and action.
   The hint half guessed, the gift half understood, is Incarnation.

   わたしたち多くの者にとって、あるのはただ
   注視されぬ瞬間、時間のなかにあり かつまた外にある瞬間、
   一条の陽光に茫然自失する突然の放心、
   目に見えぬ野生の麝香草、あるいは冬の稲妻
   あるいは遠い滝の音、聞こえぬほどに深く聴こえる音楽
   だが きみこそ音楽のつづくあいだの
   音楽なのだ。これはただ暗示され憶測されるだけのもの、
   暗示につづく憶測。そして そのあとには
   祈り、遵奉、修行、思念、そして行為。
   半ば憶測されたその暗示、半ば理解された贈り物こそは< Incarnation >。

喫茶店 YouTube Poulenc Improvisations - No.7 in C major
喫茶店 YouTube Poulenc Improvisations - No.13 in A minor

   Here the impossible union
   Of spheres of existence is actual,
   Here the past and future
   Are conquered, and reconciled,
   Where action were otherwise movement
   Of that which is only moved
   And has in it no source of movement ─
   Driven by daemonic, chthonic
   Powers. And right action is freedom
   From past and future also.

   ここで 存在の諸々の領域の
   不可能な合一が現実のものとなり、
   ここで 過去と未来は
   克服され、和解する、
   もしそうでなければ ここで行為とは
   ただ動かされるだけで
   運動の源泉を含まぬ動き ──
   ただ鬼神や魔神に動かされるだけのことに
   なってしまう。正しい行いは
   過去と未来からの自由。

   For most of us, this is the aim
   Never here to be realised;
   Who are only undefeated
   Because we have gone on trying;
   We, content at the last
   If our temporal reversion nourish
   (Not too far from the yew-tree)
   The life of significant soil.

   けれどこれは、わたしたち多くの者にとって
   ここで目指しても達し得ることではない。
   わたしたちが敗北者でないとすれば
   ひたすらたゆみない努力をつづけてきたからのこと。
   わたしたちが心充たされるのは最期のとき、
   わたしたちの肉体が回帰して養いになるとき
   (水松 [ いちい ] の木からあまり遠くないところで)
   意味深き 土の いのち の。


夜 YouTube Poulenc Nocturne No.1 in C

本 バガヴァッド・ギーター ─ Wikipedia
本 Bhagavad Gita ─ Wikipedia (英語)
本 サンスクリット、ヒンディー語 『バガヴァッド・ギーター』 ─ Wikisource
本 同上 第2章 「ギーターの要旨」 ── Wikisource

   《 正しい行為は 過去と未来からの解放である。 》
   《 正しい行いは / 過去とまた未来からの自由。
     right action is freedom / From past and future also. 》

 エリオットは、『バガヴァッド・ギーター』から引用しています。

   《 行為の果実を思うな ただ前進せよ 》

   《 不幸においては心を悩まず、幸福を切望することなく、
     愛執、恐怖、怒りを離れている人は、
     智慧が確立した聖者といわれる。 》

■ 第3章 「カルマ・ヨーガ」 第4節

   《 人は行為を企てずして、
     行為の超越に達することはない。
     また単なる行為の放擲(ほうてき)のみによって、
     成就(シッディ)に達することはない。 》

 放擲 : サンニャーサ Sannyāsa : 精神生活上の4階級のうちの<放棄>階級。


Cape Ann, MA,[1].jpgCape Ann, MA,[3].jpg
Cape Ann, MA,[2].jpg

喫茶店 YouTube Beethoven - String Quartet No.8 "Rasumovsky", Op.59 No.2 - 2.Molto adagio (1/2)
喫茶店 YouTube Beethoven - String Quartet No.8 "Rasumovsky", Op.59 No.2 - 2.Molto adagio (2/2)

   ドライ・サルヴェイジズ THE DRY SALVAGES
   (No. 3 of 'Four Quartets')

   T.S. Eliot

   (The Dry Salvages ─ presumably les trois sauvages ─ is a small
   group of rocks, with a beacon, off the N.E. coast of Cape Ann,
   Massachusetts. Salvages is pronounced to rhyme with assuages.
   Groaner: a whistling buoy.)

   (The Dry Salvages ── たぶん les trois sauvages <3人の蛮人> から ── は、
   マサチューセッツ州ケイプ・アン北東岸の沖合いにある岩礁で、水路標識がある。
   Salvages は assuages と韻を踏むように発音される。
   「グローナー Groaner 」 とは、風笛のついた浮標(ブイ)のこと。)

   第 III 楽章

   I sometimes wonder if that is what Krishna meant ─
   Among other things ─ or one way of putting the same thing:
   That the future is a faded song, a Royal Rose or a lavender spray
   Of wistful regret for those who are not yet here to regret,
   Pressed between yellow leaves of a book that has never been opened.
   And the way up is the way down, the way forward is the way back.

   ときどき思うのだが それはクリシュナ神が言おうとしたこと ──
   少なくともそのひとつ ── あるいは同じことの別の言い方 ではないだろうか。
   つまり 未来とは凋(しぼ)んだ歌、まだこの世の悲嘆を知らない人たちの
   悲嘆の押し花 開いたことのない書物の黄ばんだ頁に挿まれた
   ロイアル・ローズあるいはラヴェンダーの花のようなものだということ。
   あるいはまた 上への途は下への途、前への途は後ろへの途だということ。

   You cannot face it steadily, but this thing is sure,
   That time is no healer: the patient is no longer here.
   When the train starts, and the passengers are settled
   To fruit, periodicals and business letters
   (And those who saw them off have left the platform)
   Their faces relax from grief into relief,
   To the sleepy rhythm of a hundred hours.

   臆せずそれを直視することはきみにはできまい、が これだけは確かだ、
   時間は癒す者ではないということ。患者はもうここにはいない。
   汽車が駅を出て、乗客たちが さて と
   果物や、新聞や商用の手紙をとりだすとき
   (プラットホームにもう見送りの人たちはいない)
   彼らの顔は悲しみから安らぎに弛緩し、
   百時間もの眠りを誘うリズムに乗る。

   Fare forward, travellers! not escaping from the past
   Into different lives, or into any future;

   旅人たちよ、進み行け! 過去を棄て
   新しい生活や、未来のなかへ逃れるのではなく。

   You are not the same people who left that station
   Or who will arrive at any terminus,
   While the narrowing rails slide together behind you;
   And on the deck of the drumming liner
   Watching the furrow that widens behind you,
   You shall not think 'the past is finished'
   Or 'the future is before us'.

   列車がひた走り レールがきみの背後で狭まり遠ざかるいま
   きみたちは さっき駅を発った者たちと同じ人間ではないし、
   また どこかの終着駅に着く者たちと同じ人間でもない。
   あるいはまた 銅鑼(どら)轟く大洋航路の甲板の上
   船尾から拡がってゆく航跡を見つめながら、きみは
   「過去が終わった」とか
   「前途に未来がある」とか思ってはならない。

   At nightfall, in the rigging and the aerial,
   Is a voice descanting (though not to the ear,
   The murmuring shell of time, and not in any language)

   黄昏、索具とアンテナに、
   うたうひとつの声がある(耳には聴こえぬ、
   つぶやく時間の貝殻、言葉ではない言葉)

   'Fare forward, you who think that you are voyaging;
   You are not those who saw the harbour
   Receding, or those who will disembark.
   Here between the hither and the farther shore
   While time is withdrawn, consider the future
   And the past with an equal mind.
   At the moment which is not of action or inaction
   You can receive this: "on whatever sphere of being
   The mind of a man may be intent
   At the time of death" ─ that is the one action
   (And the time of death is every moment)
   Which shall fructify in the lives of others:
   And do not think of the fruit of action.
   Fare forward.
              O voyagers, O seamen,
   You who came to port, and you whose bodies
   Will suffer the trial and judgement of the sea,
   Or whatever event, this is your real destination.'

   「先へ進め、自分を旅人だと思っている者たちよ。
   きみたちは遠ざかる港を見た者でもなく、
   やがて下船する者でもない。
   こちら岸と向こう岸のあいだのこの地点に立って
   時間が退いているあいだ、未来と
   そして過去を 偏りなき心で想い見よ。
   行動の時でもなく不動の時でもない瞬間に
   きみたちは受け容れることができる ── <存在の
   どんな領域にも人は全身全霊で集中できるときがある
   それが死の時>と ── これこそが重要な行為
   (死の時とは実はすべての瞬間なのだ)
   他者たちの生のなかに実を結ぶ行為。
   そのとき行為の果実を思うな。
   先へ進め。
             おお旅する者よ、船乗りたちよ、
   港へ入るきみたち、その肉体で海の試練と審判を
   何にでもあれすべてのことを 引き受けるきみたち、
   こここそが、きみたちの真の目的地なのだ。」

   So Krishna, as when he admonished Arjuna
   On the field of battle.
                    Not fare well,
   But fare forward, voyagers.

   クリシュナ神はこう教える、戦の場(にわ)で
   アルジュナを諭したときのように。
                    恙(つつが)なく行けとは言わぬ、
   先へ進め、船旅する者たちよ。


満月 YouTube David Oistrakh, Debussy - Clair de lune

   第 IV 楽章

   [ ... ]

    Repeat a prayer also on behalf of
   Women who have seen their sons or husbands
   Setting forth, and not returning:
   Figlia del tuo figlio,
   Queen of Heaven.

    繰り返し祈りたまえ 己(おの)が息子
   あるいは夫の 船出するを見送り、
   ついにその帰りを迎えざりし女たちのために。
   《 母なる処女(おとめ) わが子の女(むすめ) 》、 (ダンテ 『神曲』 「天国篇」 第33歌1行目)
   天国の女王。 (聖母マリアのこと。ダンテ 「天国篇」 第31歌100行目)

    Also pray for those who were in ships, and
   Ended their voyage on the sand, in the sea's lips
   Or in the dark throat which will not reject them
   Or wherever cannot reach them the sound of the sea bell's
   Perpetual angelus.

    さらに祈りたまえ かつては船にありしが、
   砂州の上、あるいは海の口
   あるいは彼らを拒まぬ海の暗き喉の内 あるいはまた
   いずこにもあれ永遠の御告げの祈りなる海鐘の響き届かざるところに
   その船旅を終えし者のために。


プレゼント YouTube あの素晴らしい愛をもう一度

   《 時間は癒す者ではないということ、患者はもうここにはいない。  》

プレゼント YouTube John Lennon - Imagine

   《 想像してごらん ・・・
     下には 地獄もないんだ
     上には ただ空がひろがっているだけ
     想像してごらん

   《 上への途は下への途、前への途は後ろへの途だということ 》 を。

     想像してごらん 国境なんてないんだと
     ・・・
     そうすれば 世界はひとつになる   》

 エリオットは、生涯を通して、《 東洋と西洋のあいだに、ヨーロッパとアジアのあいだに、絶対の一線を画することを拒否 》 する姿勢をもちつづけました。東と西の世界を、偏りなき心で受けとめ、理解しようとしました。

   《 先へ進め、自分を旅人だと思っている者たちよ。
     ・・・
     こちら岸と向こう岸のあいだのこの地点に立って
     時間が退いているあいだ、未来と
     そして過去を 偏りなき心で想い見よ。
     行動の時でもなく不動の時でもない瞬間に
     きみたちは受け容れることができる
     ・・・
     他者たちの生のなかに実を結ぶ行為。
     そのとき行為の果実を思うな。
     先へ進め。
     ・・・
     恙(つつが)なく行けとは言わぬ、
     先へ進め、船旅する者たちよ。     》

   《 半ば憶測されたその暗示、半ば理解された贈り物こそは<受 肉>  》


 

   

posted by 空っぽの皿 at 09:38| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

◆ 《 も う い ち ど 言 お う か 》

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喫茶店 YouTube Beethoven - String Quartet No.15, Op.132 - 3.Heiliger Dankgesang (1/2)
喫茶店 YouTube Beethoven - String Quartet No.15, Op.132 - 3.Heiliger Dankgesang (2/2)

   イースト・コウカー EAST COKER
   ( No. 2 of 『 4つの4重奏 'Four Quartets' 』 )

   T.S. エリオット T.S. Eliot

   I

   In my beginning is my end. [ ... ]

   わが初めこそわが終わり。[ ... ]


   III

   O dark dark dark. They all go into the dark,
   The vacant interstellar spaces, the vacant into the vacant,
   [ ... ]

   おお 闇 闇 闇。人びとはすべて闇のなかへ、
   星座のあいだのなにもない空間、空虚が空虚のなかへ、
   [ ... ]
   I said to my soul, be still, and wait without hope
   For hope would be hope for the wrong thing; wait without love,
   For love would be love of the wrong thing; there is yet faith
   But the faith and the love and the hope are all in the waiting.

   わたしは自分の魂に言った、静まれ、望むことなく待て
   望むことは罪を望むこと。愛することなく待て、
   愛することは罪を愛すること。もうひとつ 信があるが
   信と愛と望みとは すべて待つことのうちにある。

   Wait without thought, for you are not ready for thought:
   So the darkness shall be the light, and the stillness the dancing.

   思うことなく待て、きみにはまだ思念の構えができていないのだから。
   思うことなく待てば 暗黒はやがて光に、静止は舞踏に変わるはず。

   Whisper of running streams, and winter lightning.
   The wild thyme unseen and the wild strawberry,
   The laughter in the garden, echoed ecstasy
   Not lost, but requiring, pointing to the agony
   Of death and birth.

   流れる水の囁きと、冬の稲妻。
   目には見えぬ麝香草 そして 野苺、
   園の笑い、木霊する歓喜は
   いまも失われず、あれが必要と指さしている
   死と誕生の 苦悶を。


                  You say I am repeating
   Something I have said before. I shall say it again.

                  わたしはいちど言ったことを
   くり返しているときみは言う。もういちど言おう。

   Shall I say it again? In order to arrive there,
   To arrive where you are, to get from where you are not,

   もういちど言おうか? そこに達するために、
   きみのいるところに、きみのいぬところから達するために、

     You must go by a way wherein there is no ecstasy.
   In order to arrive at what you do not know
     You must go by a way which is the way of ignorance.
   In order to possess what you do not possess
     You must go by the way of dispossession.
   In order to arrive at what you are not
     You must go through the way in which you are not.

     きみは歓喜のない途を行かねばならぬ。
   きみの知らぬものに到達するために
     きみは無知の途を行かねばならぬ。
   きみのもたぬものをもつために
     きみは無所有の途を行かねばならぬ。
   きみでないものに達するために
     きみはきみという存在のない途を行かねばならぬ。

   And what you do not know is the only thing you know
   And what you own is what you do not own
   And where you are is where you are not.

   きみの知らぬものが きみの知る唯一のもの
   きみのもつものが きみのもたぬもの
   きみのいるところが きみのいぬところ。


喫茶店 YouTube Jascha Heifetz plays Bach Chaconne (part 1)
喫茶店 YouTube Jascha Heifetz plays Bach Chaconne (part 2)

本 十字架のヨハネ John of the Cross ─ Wikipedia
本 Ascent of Mount Carmel
本 Ascent of Mount Carmel / Book 1 / Chapter XIII

 『カルメル山登攀記』 ( I. xiii ) によれば、

 《 人は真の自我に到達するためには否定の途 ──

   1. 歓喜のない途
   2. 無知の途
   3. 無所有の途
   4. 無我の途

   ── を行かねばならぬ。     》

 という神秘主義的な<旅>の観念を記しています。

 エリオットは、ほとんど引用に近い引喩をして、闇を抜け光に到達した者にとっては、現世的な意味での知識、所有、自我は否定され、それぞれが新しい光のなかで把握されると、この第3楽章をまとめています。

喫茶店 YouTube Poulenc Improvisations - No.15 in C minor

 さて、ぼくも<夜>が明けたら、<朝>の散歩にゆこう

   Through the dark cold and the empty desolation,
   The wave cry, the wind cry, the vast waters
   Of the petrel and the porpoise. In my end is my beginning.

   暗い寒気と空虚(うつろ)な荒廃を通り抜け、
   怒涛の雄叫び、風の叫び、海燕と海豚(イルカ)のいる
   涯(はて)しなき海原を超えて。わが終わりこそわが初め。    


 それでは、また!


 訃 報

いす YouTube 不思議な日・・・加藤和彦
いす YouTube 悲しくてやりきれない フォーククルセイダーズ

 加藤 和彦 さんのご冥福を祈ります。



posted by 空っぽの皿 at 11:03| パリ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

◆ 生 き て ゐ る 画 家

松本竣介:ニコライ堂と聖橋 (1941).jpg松本竣介:Y市の橋 (1943).jpg
松本竣介:工場付近 (1941).jpg

アート 《 ニコライ堂と聖橋 》 (1941年) アート 《 工場付近 》 (1941年) アート 《 Y市の橋 》 (1943年)

喫茶店 YouTube Debussy - Suite Bergamasque I Prelude (ARRAU)

     天 に 続 く 道       盛岡中学三年生 佐藤 俊介

   絵筆をかついで
   とぼとぼと
   荒野の中をさまよへば
   初めて知つた野中に
   天に続いた道がある
   自分の心に独りごといひながら
   私は天に続いた道を行く


   本 新聞 「岩手日報」 昭和3年12月17日


 《 東京にすむやうになった六年前の頃は、あのいらいらした街の線も何か新鮮な感覚を持つてゐた。ガソリンの臭ひにも魅力があつた。そのくせその頃私は頭痛がして一時間と街を歩く事が出来なかつた。だが私は今、街の雑踏の中の原つぱを歩く様な気持で歩いてゐる。
  私の回想の中にある自然は現在どこにも求める事は出来ないだらう。トタン屋根とガソリンは田舎の隅まで行き渡つてゐる現在である。
  私は自然をさがさうとは思わない。いつでも持つてゐる。私は田園を愛するやうに都会を愛してゐる。どちらも私には今では同じだ。そしてまた両方がなくとも困らない。只現在すべてのものが都会化して行きつゝある。現在の都市は都会に住みなれてゐるものでも、本心に息苦しいものを感じてゐるだろう。原つぱを歩いてゐるやうな気持で、都会の雑踏を歩く事の出来るやうになつた心に、私は何か生命の創造のある事を感じ出してゐる。》

 本 「でつさん<都会・田園>」 : 「生長の家」 機関紙 『生命の藝術』 1934年6月号

喫茶店 YouTube Debussy - Suite Bergamasque II Menuet

 《 私達若い画家が、実に困難な生活環境の中にゐて、なほ制作を中止しないといふことは、それが一歩一歩人間としての生成を意味してゐるからである。例へ私が何事も完成しなかつたとしても、正しい系譜の筋として生きるならば、やがて誰かがこの意志を成就せしめるであらう ── 》

 本 「生きてゐる画家」 : 美術雑誌 『みづゑ』 1941年4月号

松本竣介.jpg松本竣介:子供 (1943).jpg
松本竣介:果物を持つ少年 (c.1942).jpg

 いす 松本 竣介         アート 《 果物を持つ少年 》 (1942年頃) アート 《 子供 》 (1943年)
 昭和15年: 《 N駅近く 》 が懸かる下落合のアトリエ内

喫茶店 YouTube Debussy - Suite Bergamasque III Clair de Lune

 1937年、長男の誕生(4月4日)と死(4月5日)に直面した画家は、自身の刊行した『雑記帳』 第8号 のなかで、<死>を通じて生命の意味を語っています ──

 《 人々に必要なのは慰めや安心であつてはならない。行為による明日への情熱である。ただそれだけが吾々にとつて死への態度でなければならない 》 と。

     詩

 「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ、慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラツテヰル、・・・・・・」 宮澤賢治は僕の最も尊敬する人である。

 本 「三藝」 昭和15年12月


喫茶店 YouTube Debussy - Suite Bergamasque IV Passepied

 《 あれから十年たつ此頃の僕の絵には針金のやうな黒い線がのさばりかへつてゐる。考へてみると線は僕の気質なのだ。子供の時からのものだつた。それを永い間意識できず、何となく線といふものに魅力を感じながら油絵を描いてゐた処に僕の仕事の甘さがあつた。今にしてそれらのことがいろいろと思ひ当たるのだが。モヂリアニが好きになつたのも理由の一つは、量を端的に掴んでゐる天下一品の線の秘密にあつた。線は僕のメフィストフェレスなのだが、気がつかずゐた間僕は何も出来なかつた。この無意識を意識の上にひき上げる為に僕はどんなに混乱してゐるかしれない。》

松本竣介:立てる像 (1942).jpg松本竣介:建物 (1948).jpg
松本竣介:並木道 (1943).jpg



アート 《 立てる像 》 (1942年)   アート 《 並木道 》 (1943年)   アート 《 建物 (絶筆) 》 (1948年)

 《 幼い頃の僕は聞くもの、見るもの全てが不思議でならなかつた。その不思議に思ふ気持は想像する事を教へてくれた。想像は具体的なものとなつて考への中に組立てられなければならなかつた。── 幼時の事 ── 或日、原つぱのごみ捨て場に桃の実の種が五分位の芽を出してゐるのを見付けた。だれか食べ捨てゝ置いたのだらう、黒くひからびてしまつた種が半分に破れて、青白い嫩葉(わかば)が顔を出してゐる。それを小さな手で握りつぶしたなら、一時の興味として終つてゐたらう。だが僕は、一本の大木になつて桃が一杯に実つてゐる事を考へてゐた。丁寧に家に持ち帰つて庭に植えた。溝(どぶ)から汚水を汲んで来て育てることに一心であつた。何十年か後でなければ望みが実現するものではないといふ事を、幼い心に感じなかつた。やがて一尺位の幼木になつて枝のやうなものが出来かゝつてくる頃、僕は木に登つてゐる自分を想像して喜んでゐた。
  その頃からもう十七、八年たつた。幼い想像から植えつけた桃の芽が今では一本の大木になつて花巻といふ町に現存してゐる。

  [ ・・・ ]

  近代思想のもつとも大きな誤解は、分析を尊ぶ余り、統一的想像の飛躍を軽視してゐる事ではないだらうか。頭脳的理解を僕は余り信用しなくなつた。
  “人間は非常に馬鹿げたものだ。彼等は自分が持つてゐる自由を利用しないで、却つて自分が持つてゐない自由を要求する。彼等は思想の自由を持ちながら、言論の自由を要求する” ── キエルケゴールのこの短い言葉は凡ゆる現代の人々に反省する事を教へてゐる。 》

 本 「でつさん<想像>」 : 『生命の藝術』 第3巻第1号 1935年1月号

喫茶店 YouTube Debussy: Mazurka - Balázs Szokolay

 《 十九、五 (昭和19年5月)
      美しくあることは
   美しくあることは 唯一人ゐる 己れ自らの時のため
   愛するものゝためにこそ美しかれ
   あゝしかし多くの人間達は
   他人のため 敵のためにうきみをやつす

   十九、六、二十一
      美しいものは
   道は唯一つなのか
   思ひやりのない人達はすべての者に己れ一つの道を歩かせやうとする
   それが唯一つの真なのだらうか
   たゞ一つの正しい道なのだらうか
   或は利己的(エゴチズム)からすべてのものに己れと同じ考へを求める
   多くのものが己れと同じ道を歩き出したとき まつ先に不平を言ふのがエゴチストの常だ
   全世界を犠牲に供するていの自我主義(エゴイズム)なら俺は尊敬する
   全人類の生血を啜つてもやりとげやうといふだけのものをもつてゐるならば
   それだけのものも もつてゐない能なしの
   けちなエゴイズムは豚に食はせろ
   そして貧しい物と貧しい考へと貧しい生活の中に
   痴呆のやうな愛と謙虚さで生きるがいい
   この二つだけが本当の美しさだ

   十九、六
   [ ・・・ ]
   いかにも僕達は戦国時代の住人ではあるけれども
   僕は画家だ                        》


 本 「自筆手製のノートから」 : 『 人 間 模 様 』


■ F. Poulenc 《 Improvisation "Hommage à Edith Piaf" 》
喫茶店 YouTube Poulenc Improvisations - No.15 in C minor


     詩

     C

   日ざしやはらかな一日
   蹌踉として野犬はゆく
   とりのこされた一本の国道
   食ひ捨てられた密柑の皮        (昭和21年1月8日)


 ぼくは、《 並木道 》 の絵を観ると、思わず声をかけてしまう ──
  

   「おーい! 松本 竣介 さ〜ん!」

   《 「 何 だ ? 」 》

   耳のきこえないはずの画家が いつもやさしくふりむいてくれる


 出 典

 本 松本 竣介 新装増補版 『 人 間 風 景 』 中央公論美術出版 平成2年

 アート 独立行政法人 国立美術館 所蔵作品検索 「松本竣介」の作品一覧
 アート 神奈川県立近代美術館 《 立てる像 》

 最後に、「三藝」 (昭和15年12月)より引用します。

        

 花の美にうたれてゐる少女にそのわけを尋ねるものはないだらう。
 けれども、しばしば、それに似た無慙な問ひを発してゐる人がある。
 美しいといふことの、理由(わけ)をきくほど愚かしいものはあるまい。

        

 惚れこむといふことは、空間の充実であるし、拡大である。そして論理や知解では
 とゞかぬ細部に触れることだ。美を知るにも、美を創るにも、先づ美に惚れこめ。

        

 美が理解できるといふ態度が、現代の最も大きい悲劇だと思ふ。




 それでは、また!




posted by 空っぽの皿 at 22:36| パリ 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

◆ 千 夜 四 夜 : 《 も う あ り え な い 》

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夜 YouTube Robert Schumann - Andantino from Sonata No. 2

夜 YouTube Andres Segovia Plays Bach Chaconne (Part 1)
夜 YouTube Andres Segovia Plays Bach Chaconne (Part 2)


   querido instante te veo
   en la cortina de bruma que se aleja
   donde no pisaré esos largos umbrales movedizos
   y viviré el tiempo de una puerta
   que se abre y se cierra

   なつかしい瞬間よ おまえが見える
   後退するこの霧雨の幕のなかに
   もはや この移動する長い敷居を踏むにはおよぶまい
   ぼくは生きる 扉が
   開いては閉まる その束の間を


夜 YouTube Bach played by Tatjana Nikolajewa and Glenn Gould
夜 アート YouTube Gabriel Fauré - Pavane, Paul Delvaux

エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe

カ ラ ス The Raven

Once upon a midnight dreary, while I pondered, weak and weary,
Over many a quaint and curious volume of forgotten lore,
While I nodded, nearly napping, suddenly there came a tapping,
As of some one gently rapping, rapping at my chamber door.
"'Tis some visitor," I muttered, "tapping at my chamber door ─
Only this, and nothing more."

うらさみしい真夜中のこと、とおい昔の言い伝えを集めた、
珍しい本をいろいろ読み耽り、頭が疲れて、
うとうとし始めたころ、ふと、コツコツと、
誰かがそっと、ぼくの部屋のドアを叩くような音がした。
「誰かお客が」とぼくは呟いた、「ドアを叩いている ──
それだけのこと、ほかにはありえない。」

Ah, distinctly I remember it was in the bleak December,
And each separate dying ember wrought its ghost upon the floor.
Eagerly I wished the morrow; ─ vainly I had sought to borrow
From my books surcease of sorrow ─ sorrow for the lost Lenore ─
For the rare and radiant maiden whom the angels name Lenore ─
Nameless here for evermore.

ああ、はっきりと憶えている それは寒い12月のこと、
消えかかった暖炉の火が あちこちで燻ぶって その影が床で揺れていた。
夜が明けるのをしきりに待ちながら ── 忘れようとして 忘れられずにいた
本を読んで 悲しみを ── もういないレノアを想う悲しみを ──
天使たちがレノアと呼ぶ 世にもまれな 輝くばかりの少女を想う悲しみを ──
けれどその名前 この世ではもう呼ばれることはない。

And the silken sad uncertain rustling of each purple curtain
Thrilled me ─ filled me with fantastic terrors never felt before;
So that now, to still the beating of my heart, I stood repeating,
"'Tis some visitor entreating entrance at my chamber door ─
Some late visitor entreating entrance at my chamber door; ─
This it is, and nothing more."

真っ赤なカーテンが揺れ 絹の擦れ合う悲しい音がして
ぼくは慄いた ── いままで感じたこともない 無気味な恐怖に襲われた。
ぼくは胸の動悸を静めようと、椅子から立ち上がりながら、また呟いた、
「誰かがドアを開けてもらいたがっているのだろう ──
夜遅く訪れた客が ぼくの部屋のドアを叩いているのだ ──
それしかない、ほかにはありえない。」

Presently my soul grew stronger; hesitating then no longer,
"Sir," said I, "or Madam, truly your forgiveness I implore;
But the fact is I was napping, and so gently you came rapping,
And so faintly you came tapping, tapping at my chamber door,
That I scarce was sure I heard you" ─ here I opened wide the door; ─
Darkness there, and nothing more.

すぐに気を取り直し、思い切って、
「どなたか知りませんか」とぼくは言った、「ほんとうに申し訳ありません。
うとうとしてところ、あなたがあまりにそっと、ドアを叩かれたから、
あまりにもこっそりやって来て、あまりにも微かにドアを叩かれたから、
はっきりと聞こえなかった」 ── こう言ってぼくはドアを大きく開けた。 ──
そこには闇があるばかり、ほかには誰もいやしない。

Deep into that darkness peering, long I stood there wondering, fearing,
Doubting, dreaming dreams no mortals ever dared to dream before;
But the silence was unbroken, and the stillness gave no token,
And the only word there spoken was the whispered word, "Lenore!"
This I whispered, and an echo murmured back the word, "Lenore!" ─
Merely this, and nothing more.

ぼくは闇の奥を覗き込み、不思議に思い、恐れながら怪しみながら、
今まで誰も見ようとしたことのない夢を見ながら しばらくそのまま立ち尽くした。
けれどなんにも聞こえなかったし、なんの気配もなかった、
と そのとき たったひと言の言葉が囁かれた、「レノア!」と
囁いたのはこのぼくで、木霊が囁き返した、「レノア!」と ──
木霊ばかりで、ほかには何も聞こえない。

Back into the chamber turning, all my soul within me burning,
Soon again I heard a tapping somewhat louder than before.
"Surely," said I, "surely that is something at my window lattice:
Let me see, then, what thereat is, and this mystery explore ─
Let my heart be still a moment and this mystery explore; ─
'Tis the wind and nothing more."

部屋に戻ったぼくの胸では、レノアへの想いが炎となって燃えさかった、
するとすぐにまた聞こえてきた コツコツと 前よりも少し強く叩く音。
「きっと、」とぼくは言った、「きっと 何か格子窓にいるんだ。
この目で、不思議な、音の正体を、確かめよう ──
気持ちをしばらく落ち着かせ 不思議な音の正体を確かめよう ──
きっと窓を打つ風の音 ほかには何もありえない。」

Open here I flung the shutter, when, with many a flirt and flutter,
In there stepped a stately raven of the saintly days of yore;
Not the least obeisance made he; not a minute stopped or stayed he;
But, with mien of lord or lady, perched above my chamber door ─
Perched upon a bust of Pallas just above my chamber door ─
Perched, and sat, and nothing more.

こう言って ぼくは鎧戸を開け放った、すると、バタバタと羽ばたき出たのは、
とおい昔の尊い時代をしのばせる立派な一羽のカラス
おじぎひとつしないで 飛びつづけ 止まらずに
けれど、お高くとまった素振りして、ぼくの部屋のドアの上に降り立った ──
部屋のドアの上の<パラスの像>に降り立った ──
降り立って、座ってじっと、ほかには何もしやしない。

Then this ebony bird beguiling my sad fancy into smiling,
By the grave and stern decorum of the countenance it wore.
"Though thy crest be shorn and shaven, thou," I said, "art sure no craven,
Ghastly grim and ancient raven wandering from the Nightly shore ─
Tell me what thy lordly name is on the Night's Plutonian shore!"
Quoth the Raven, "Nevermore."

そのとき この真っ黒な鳥の顔の いかにも真面目でいかめしげな表情に、
沈んだ気分も紛れて ぼくは思わず微笑んだ。
「きみのトサカは削ったように短いが、」とぼくは言った、「ぜったいに、
きみは夜の岸辺から飛んで来た 例の気が弱くてうす気味悪い とおい昔のカラスではない ──
教えておくれ あの世できみはどんな立派な名前で呼ばれているのか!」
カラスは答えた、「もうありえない。」 

Much I marvelled this ungainly fowl to hear discourse so plainly,
Though its answer little meaning ─ little relevancy bore;
For we cannot help agreeing that no living human being
Ever yet was blest with seeing bird above his chamber door ─
Bird or beast upon the sculptured bust above his chamber door,
With such name as "Nevermore."

たとえその答えには意味がなく 的外れでも、
そのみにくい鳥が あまりにもはっきりと口をきくので ぼくはすっかり驚いた ──
それにしても 部屋のドアの上に止まる鳥を見た者など
今までに誰もいないはず ──
鳥か獣か どうでもいい とにかくドアの上の彫刻の像に止まっている、
その生きものの名前は「もうありえない。」

But the raven, sitting lonely on the placid bust, spoke only
That one word, as if his soul in that one word he did outpour.
Nothing further then he uttered ─ not a feather then he fluttered ─
Till I scarcely more than muttered, "other friends have flown before ─
On the morrow he will leave me, as my hopes have flown before."
Then the bird said, "Nevermore."

けれどカラスは、じっと静かな像の上に寂しく止まって、たったひと言
そのひと言に、魂のすべてを注ぎ尽くすかのように あの言葉を口にした。
それからは 口をしっかり閉ざしっきり ── 羽根もすっかりたたみっきり ──
ついにぼくは 声にもならない声で呟いた、「こいつの仲間たちはもうとっくに飛び去った ──
ぼくらから希望が飛び去ったように、明日になれば こいつも行ってしまうだろう。」
するとカラスがひと声鳴いた、「もうありえない。」

Startled at the stillness broken by reply so aptly spoken,
"Doubtless," said I, "what it utters is its only stock and store,
Caught from some unhappy master whom unmerciful Disaster
Followed fast and followed faster till his songs one burden bore ─
Till the dirges of his Hope that melancholy burden bore
Of 'Never ─ nevermore'."

沈黙を破ってタイミングよく返ってきた答えにすっかり驚き、
「きっと、」とぼくは言った、「この言葉は カラスが飼い主から学んだ
たったひとつの言葉に違いない その飼い主はむごい不運に
つきまとわれ追いつめられて ついにその口ずさむ歌には ひとつの繰り返しが生まれた ──
希望が消え そのことを悲しみうたう歌には ひとつのリフレインが生まれた ──
繰り返し響く <もう ── ありえない。> 」

But the Raven still beguiling all my fancy into smiling,
Straight I wheeled a cushioned seat in front of bird, and bust and door;
Then upon the velvet sinking, I betook myself to linking
Fancy unto fancy, thinking what this ominous bird of yore ─
What this grim, ungainly, ghastly, gaunt and ominous bird of yore
Meant in croaking "Nevermore."

でもとにかく カラスのおかげで気分が紛れ 思わず微笑まされた、
ぼくは 直ちにソファーをドアの像の その鳥のすぐそばまで動かして、
そのビロードに横たわり、空想の鎖を繋ぎ合わせて 想いを巡らした、
とおい時代を偲ばせる、この不吉な鳥のしわがれ声は何を伝えようとしているのか ──
とおい時代を偲ばせる、うす気味悪く、醜く、やつれはてたこの不吉な鳥は
するとそのしわがれ声で 「もうありえない。」

This I sat engaged in guessing, but no syllable expressing
To the fowl whose fiery eyes now burned into my bosom's core;
This and more I sat divining, with my head at ease reclining
On the cushion's velvet lining that the lamplight gloated o'er,
But whose velvet violet lining with the lamplight gloating o'er,
She shall press, ah, nevermore!

ぼくは座り直し考えつづけ、おかげでぼくの胸はその奥まで
鳥の眼の炎で焼き尽くされたが その鳥にはひと言も語りかけなかった。
ぼくは椅子に座って、ランプの灯りがおちるクッションのビロードに
ゆったりと頭をあずけて あれこれと想った、
けれど ランプの灯りが微笑みかける菫色のビロードに、
あの人がもたれることは、ああ、もうありえない!

Then methought the air grew denser, perfumed from an unseen censer
Swung by Seraphim whose footfalls tinkled on the tufted floor.
"Wretch," I cried, "thy God hath lent thee ─ by these angels he hath sent thee
Respite ─ respite and nepenthe, from thy memories of Lenore!
Quaff, oh quaff this kind nepenthe and forget this lost Lenore!"
Quoth the Raven, "Nevermore."

部屋の空気が息苦しくなったようだ、目に見えない吊り香炉の香でもたちこめたのか 
香炉を手に手に揺すりながら花をまかれた床を歩く 熾天使たちの足音が響いて来るようだ。
「ばかなやつめ、」とぼくは自分に叫んだ、「神さまはおまえに ── この天使たちを遣わして
安らぎを ── レノアへの想いから自由になる安らぎを! 忘れ薬をお与えくださったというのに
飲め、このありがたい薬を飲んで もういないレノアのことを忘れるのだ!」
カラスは答えた、「もうありえない。」

"Prophet!" said I, "thing of evil! ─ prophet still, if bird or devil! ─
Whether Tempter sent, or whether tempest tossed thee here ashore,
Desolate yet all undaunted, on this desert land enchanted ─
On this home by horror haunted ─ tell me truly, I implore ─
Is there ─ is there balm in Gilead? ─ tell me ─ tell me, implore!"
Quoth the Raven, "Nevermore."

「預言者め!」とぼくは言った、「不吉なやつめ! ── 鳥か悪魔か構うものか! ──
サタンに遣わされたか、嵐で岸辺に吹き寄せられたか、
心細そうに でもひるまずに、この呪われた荒れ果てた土地に ──
恐怖がとりつくこの家にやって来たやつよ ── お願いだ、どうかぼくに教えてくれ ──
はたして ── 果たしてギレアデに心の傷を癒す香油があるのだろうか?
  ── どうか ── どうか、教えてくれ!」
カラスは答えた、「もうありえない。」

"Prophet!" said I, "thing of evil ─ prophet still, if bird or devil!
By that Heaven that bends above us ─ by that God we both adore ─
Tell this soul with sorrow laden if, within the distant Aidenn,
It shall clasp a sainted maiden whom the angels name Lenore ─
Clasp a rare and radiant maiden whom the angels name Lenore."
Quoth the Raven, "Nevermore."

「預言者よ!」とぼくは言った、「不吉なやつよ ── 鳥か悪魔か、構うものか!
われらの頭上の天に誓って ── ともに崇める神に誓って ──
悲しみに喘ぐこの魂に教えてくれ、遠い彼方のエデンの園でこの魂は、
天使たちがレノアと呼ぶ清い少女を 抱くときがくるかどうか ──
天使たちがレノアと呼ぶ世にも稀な輝くばかりのあの少女を抱くことは。」
カラスは答えた、「もうありえない。」

"Be that word our sign in parting, bird or fiend," I shrieked, upstarting ─
"Get thee back into the tempest and the Night's Plutonian shore!
Leave no black plume as a token of that lie thy soul hath spoken!
Leave my loneliness unbroken! ─ quit the bust above my door!
Take thy beak from out my heart, and take thy form from off my door!"
Quoth the Raven, "Nevermore."

「ああそのひと言でお別れだ、鳥よ悪魔よ、」ぼくは飛びあがって叫んだ ──
「嵐のなかへと帰ってゆけ 夜の支配するあの世の岸へと帰ってゆけ!
ありえないなどと嘘だ その黒い羽根を見ればわかる そんなもの一本も残してゆくな!
ぼくの心からおまえの嘴を抜き取り、ぼくのドアから姿を消してしまえ!」
カラスは答えた、「もうありえない。」

And the Raven, never flitting, still is sitting, still is sitting
On the pallid bust of Pallas just above my chamber door;
And his eyes have all the seeming of a demon's that is dreaming,
And the lamplight o'er him streaming throws his shadow on the floor;
And my soul from out that shadow that lies floating on the floor
Shall be lifted ─ nevermore!

カラスは、決して羽ばたかず、ただうずくまって、まだうずくまって
ぼくの部屋のドアの真上の 青白い<パラスの像>の上にいる。
その両目には 夢見る悪魔の目のような輝きが浮かんでいる、
ランプの灯りは 流れるようにこの鳥を照らし 床の上にその影をおとす。
床の上に漂うその影から ぼくの魂が
逃れ出ることは ── 《 もうありえない! 》


<パラスの像> : ギリシア神話で、女神アテナが若いころ、一緒に遊んでいて、誤って殺した娘の名前が、パラス。アテナは、その娘の名を自分の名とし、その肖像を作りました。

夜 YouTube 忌野清志郎 「からすの赤ちゃん」

   お ほ っ さ ん (関西地方に伝わる童謡)

   お星(ほっ)さん お星さん
   ひとりぼっちで 出ぬもんじゃ
   千も万もで 出るもんじゃ


741  [ ... ] O fleeting joys
742  Of Paradise, dear bought with lasting woes !
743  Did I request thee, Maker, from my Clay
744  To mould me Man, [ ... ] ?

   おお 楽園(パラダイス)の歓喜(よろこび)の、
   なんと儚(はかな)いものであったことか!
   おお 創造主(つくりぬし)よ、土塊から人間に造っていただきたいと、ぼくが
   あなたに頼んだことがあったでしょうか?

775  [ ... ] how gladly would I meet
776  Mortalitie my sentence, and be Earth
777  Insensible, [ ... ]
782  [ ... ] Yet one doubt
783  Pursues me still, least all I cannot die,
786  [ ... ] then in the Grave,
787  Or in some other dismal place who knows
788  But I shall die a living Death? [ ... ]

   ぼくはあの宣告された
   死を一刻も早く迎え、冷たい土塊(つちくれ)になりたい、
   けれど なおひとつの不安が
   ぼくの心を苦しめて止まない、それはぼくが必ずしも全面的に
   死ぬことはできないのではないかということだ、
   そうだとすれば 墓か
   或はどこか陰鬱な場所で ぼくは
   永遠に生ける死者として横たわることになるのではないか?   

本 John Milton, Paradise Lost (1674) / Book X

夜 YouTube Brian Eno - By This River


   cher instant je te vois
   dans ce rideau de brume qui recule
   où je n'aurai plus à fouler ces longs seuils mou vants
   et vivrai le temps d'une porte
   qui s'ouvre et se referme

   なつかしい瞬間よ おまえが見える
   後退するこの霧雨の幕のなかに
   もはや この移動する長い敷居を踏むにはおよぶまい
   ぼくは生きる 扉が
   開いては閉まる その束の間を


本 Samuel Beckett, 2. Six Poèmes 1947-1949, Collected Poems in English and French


   《 In my beginning is my end. わが初めこそわが終わり。》 ( T.S. エリオット )
   《 In my end is my beginning. わが終わりこそわが初め。》 ( メアリー・スチュワート

   《 Le temps mange la vie. 時はいのちを食らう。》 (ボードレール)


 それでは、また!

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2009年10月12日

◆ Carpe diem ! 今 を 生 き よ !

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喫茶店 YouTube Yves Montand - ... Les feuilles mortes & Roses de Picardie & ...
喫茶店 YouTube Sidney Bechet - Rose de Picardie

 《 毎年ほかの植物たちよりも1週間早く緑になるクロッカスとカラマツ、
 食べ残された羊の胎盤で赤く染まる牧草地、夏の日差し、刈りたての干し草、
 朝のモリバト、午後のカッコウ、夜のウズラクイナ、ジャムに飛び込むハチ、
 ハリエニシダの香り、ハリエニシダの色合い、枝から落ちるリンゴの実、
 枯葉だまりを歩く子どもたち、ほかの植物たちよりも1週間早く茶色になるカラマツ、
 枝から落ちるクリの実、吹き荒ぶ風、桟橋に砕ける波、火をくべた暖炉、道に響く蹄の音、
 《 ピカルディーの薔薇 》 を口笛で吹く肺病の郵便配達夫、ランプに灯した燭台、
 もちろん雪に霙、待ちわびた雪解け、4年に1度の2月の大水、4月の長雨、そしてクロッカス。
 こうして、すべてのとんでもないことがもうひと巡りし始める。》

 ── サミュエル・ベケット Samuel Beckett 『ワット Watt 』 (1953) より

喫茶店 YouTube Roses de Picardie
喫茶店 YouTube Mado Robin sings Roses de Picardie (Haydn Wood)
喫茶店 YouTube Richard Tauber: Roses of Picardy (英訳歌詞つき)

 《 世界の真の謎は、目に見えないものではなく、目に見えるものにある。》
 ── オスカー・ワイルド

   《 だれも花のほんとうの姿を見ない
     花は小さすぎる
     しっかり見るには時間がかかる
     友人をつくるのに時間がかかるのと同じに。》 (ジョージア・オキーフ)

   いかに小さな塵とて、見つめれば、心動かされずにいられようか。

喫茶店 YouTube 森山良子(Moriyama Ryoko) - 涙そうそう(nada sousou)
喫茶店 YouTube BEGIN − 涙そうそう

   《 Songe à la douceur
    D’aller là-bas vivre ensemble ! 》

   《 かなたへ旅立ち かしこで共に生きることが、
    いかに素晴らしいかを想え! 》 (ボードレール)

 《 草の葉の一枚一枚には天使がいて、
   かがみこんで 「育て、育て」 と囁いている。》 (『タルムード Talmud 』 より)

 I came from nowhere, and now I've gone ─
 what does such a fleeting life matter anyway ?

   Non fui, non sum, non curo.

   我 かつて有らず、今も有らず、かかることに拘(かかず)らわず。
   ( Meaning: I didn't exist; I don't exist now; I care not. )


   Carpe diem ! 今を生きよ! Memento mori ! 死を想え!


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やや欠け月 YouTube Matthias Goerne - Liederkreis, Op 39 Mondnacht

   V. 月 の 夜 Mondnacht

   Es war, als hätt' der Himmel
   die Erde still geküsst,
   dass sie im Blütenschimmer
   von ihm nur träumen müsst!

   それは、夜空が大地にそっと
   口づけしたかのようだった、
   花々に彩られる大地が
   ぼくを夢見てくれるようにと!

   Die Luft ging durch die Felder,
   die Ähren wogten sacht,
   es rauschten leis' die Wälder,
   so sternklar war die Nacht.

   そよ風が野原を渡り、
   麦の穂がかすかに揺れ、
   森はひそやかにざわめいていた、
   それは星のきらめく夜だった。

   Und meine Seele spannte
   weit ihre Flügel aus,
   flog durch die stillen Lande,
   als flöge sie nach Haus'.

   そして ぼくの魂は
   広々とその翼を広げ、
   静かな大地の上を羽ばたいて往った、
   わが家へ帰ってゆくように。


   エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe (1809 - 1849)

   アナベル・リー Annabel Lee

   It was many and many a year ago,
   In a kingdom by the sea,
   That a maiden there lived whom you may know
   By the name of ANNABEL LEE;
   And this maiden she lived with no other thought
   Than to love and be loved by me.

   とおいとおい昔のこと、
   海のほとりの王国に、
   ひとりの少女が住んでいて
   名前をアナベル・リーといいました。
   少女の心はぼくを愛し ぼくに愛される
   そのことだけで いっぱいだった。

   I was a child and she was a child,
   In this kingdom by the sea;
   But we loved with a love that was more than love ─
   I and my Annabel Lee;
   With a love that the winged seraphs of heaven
   Coveted her and me.

   少女は子どもで ぼくも子ども、
   海のほとりのこの王国で。
   でもぼくたちは 愛よりも大きな心で愛し合っていた ──
   ぼくとアナベル・リーとは。
   天上の翼の生えた天使たちが
   盗みたくなるような愛でした。

   And this was the reason that, long ago,
   In this kingdom by the sea,
   A wind blew out of a cloud, chilling
   My beautiful Annabel Lee;
   So that her highborn kinsman came
   And bore her away from me,
   To shut her up in a sepulchre
   In this kingdom by the sea.

   そしてそのために、とおい昔、
   海のほとりのこの王国で、
   雲が出て、風が吹きつけ
   ぼくの美しいアナベル・リーが凍え死んだのです。
   すると 身分の高い少女の親類がやって来て
   少女をぼくから連れて行ってしまいました、
   少女を墓に閉じ込めるために
   海のほとりのこの王国で。   

   The angels, not half so happy in heaven,
   Went envying her and me ─
   Yes! ─ that was the reason (as all men know,
   In this kingdom by the sea)
   That the wind came out of the cloud by night,
   Chilling and killing my Annabel Lee.

   天使たちは天上で、ぼくたちの半分も幸せでなかったので、
   ぼくたちふたりを嫉んでいた ──
   そう! ── そのために(みんなが知っているように、
   海のほとりのこの王国で)
   夜のあいだに雲が出て風が吹きつけ、
   ぼくの美しいアナベル・リーが凍え死んでしまったのです。

   But our love it was stronger by far than the love
   Of those who were older than we ─
   Of many far wiser than we ─
   And neither the angels in heaven above,
   Nor the demons down under the sea,
   Can ever dissever my soul from the soul
   Of the beautiful Annabel Lee.

   でも ふたりの愛は もっとはるかに強かった 
   年上の者たちの愛よりも ──
   もっと賢い者たちの愛よりも ──
   だから 天上にすむ天使たちも、
   深い海の底にすむ悪魔たちもだれひとり、
   決して引き離すことはできない ぼくの魂を
   美しいアナベル・リーの魂から。
   
   For the moon never beams without bringing me dreams
   Of the beautiful Annabel Lee;
   And the stars never rise but I feel the bright eyes
   Of the beautiful Annabel Lee;
   And so, all the night-tide, I lie down by the side
   Of my darling ─ my darling ─ my life and my bride,
   In the sepulchre there by the sea,
   In her tomb by the sounding sea.

   だって 月の光が差せばかならず夢にあらわれる
   美しいアナベル・リーが。
   星がでればかならず きらめく瞳が見られます
   美しいアナベル・リーの。
   だからぼくは、夜のあいだずっと、そばでやすむのです
   ぼくの大切な ── ぼくの大切な ── ぼくの命 ぼくの花嫁のそばで、
   海のほとりの少女の墓で、
   波のうちぎわのその墓で。


本 ボードレール Baudelaire, 『文芸批評 Critique littéraire 』 「ポー研究 Études sur Poe 」 (1852)

 《 [ ... vous avez entendu dire qu' ] aux États-Unis il existait une tyrannie bien plus cruelle et plus inexorable que celle d'un monarque, qui est celle de l'opinion, 》

 《 アメリカ合衆国には、ひとりの君主の圧政にもまして、残酷で容赦なき圧政、すなわち世論という圧政がある [ とか・・・] 。 》

 ボードレールは、この詩人が民主主義という政治形態のなかで、いかほど冷遇され抑圧されてきたかを告発せんとしています。

   『悪の華 Les Fleurs du Mal 』 (1861)

   53 LIII

   旅へのいざない L’INVITATION AU VOYAGE

     Mon enfant, ma sœur,
     Songe à la douceur
   D’aller là-bas vivre ensemble !
     Aimer à loisir,
     Aimer et mourir
   Au pays qui te ressemble !
     ...

     いとしのひと、我が妹(いも)よ、
     かなたへ旅立ち かしこで共に生きる
   喜びを 想うてもみよ!
     想うさまを愛し、
     愛して死なん
   そなたにも似た国で!
     ・・・

   Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
   Luxe, calme et volupté.

   かしこでは、ものみなすべて 整いと美、
   豪奢と静謐、逸楽あるのみ。





 ポーの生誕200周年の記念に

 それでは、また!


posted by 空っぽの皿 at 10:45| パリ 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

◆ おめでとう! Fumiaki Miura

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        9. Oktober 2009
   Fumiaki Miura from Japan wins First Prize
   at the Hannover International Violin Competition


TV Artist Videos 29. September 2009 Fumiaki Miura

メール ちひろ さんへ

 はじめまして。コメント、ありがとう。
 コメントに対する返事、遅れてごめんなさい。また、返事をこの場で書くことをお詫びします。
 《 すごいですねえ・・・ 》 という言葉は、ぼくやオバマ大統領のような人に使うのではなく、
 三浦 文彰 君のような、きちんとした実績を残した人に使いたいものですね。な〜んてね。

 楽しんでいただけた様子、うれしく思います。
 また時間があれば、ほかの記事も楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、また!

メール 島田さんへ

 がんばっていますね。でも、あまり無理をしないでね。
 ぼくは、富山には、中学校時代の3年間と、何年か前の約6ヶ月しか住んだことがないのですが、とても素敵なところですよ。晴れると、立山連峰がとても美しく見える町です。

 環境問題にも、とても熱心に取りくんでいる人たちがたくさんいます。ですが、イベントや講演にはあまり参加されません。なぜなのかは、わかりませんが、参加された人が自分たちの仲間や、まわりの人たちに、しっかり伝えている、そんな県民性を持っています。

 そのことを心の片隅において、島田さんの想いを伝えてください。お願いします。
 講演会のご成功を、祈っています。

メール 淡明さんへ

 《 お変わりありませんか 》
 生意気を言いますが、お互い修行が足りないようですね。
 《 今生きているかぎり 》 のんびり、ゆっくり、実行してゆきましょうね。
 足の具合、《 いかがですか 》 《 お大事に 》 。

 それでは、また!

NEW NEWS
 タリバン、米大統領のノーベル賞受賞を厳しく非難 (ロイター)
 平和希求 やまぬ戦い 米、アフガン増派協議 アルカーイダ掃討重点論 (産経新聞)

喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店

   ローラ・E・リチャーズ Laura Elizabeth Howe Richards

   お 茶 で 戯 れ 歌 ゆ か い だ な Punkydoodle And Jollapin

   あれさ チンチン茶釜が ピンカラホイ!
   皇帝陛下がお茶を飲む ほれどうやって?
   メロンを入れてミルクを入れて
   シロップ入れてサッサフラスの根の皮入れて
   お城のなかで お城の外で 皇帝陛下がお茶を飲む
   ほれさ お茶で戯れ歌 ゆかいだな!

   あれさ チンチン茶釜がピンカラホイ!
   司祭さまもお茶を飲む ほれどうやって?
   ラテン語飲みだ ギリシア語飲みだ
   1週間に70回 ちゃっきりきっちりお茶を飲む
   濃いお茶飲んで ニッコリ笑って司祭さま
   ほれさ お茶で戯れ歌 ゆかいだな!

   あれさ チンチン茶釜が ピンカラホイ!
   提督閣下がお茶を飲む ほれどうやって?
   結びあわせた縄を入れ 帆柱立てて お茶を飲む
   トランプのジョーカー入れて 陽気な水夫をとかし込み
   イルカのヒレで かきまぜて
   ほれさ お茶で戯れ歌 ゆかいだな!

   あれさ チンチン茶釜が ピンカラホイ!
   大統領がお茶を飲む ほれどうやって?
   ベッドのなかで学校で 大統領がお茶を飲む
   いけないよ 議会でもお茶を飲む
   ブランデーをたらしてさ 違法だとも思わない
   ほれさ お茶で戯れ歌 ゆかいだな!


 それでは、また!


posted by 空っぽの皿 at 22:49| パリ 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

◆ 《 ケ ス ト ナ ー 博 士 の 抒 情 的 救 急 箱 》

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メール 淡明さん、シロクロさん、ティンクさん、島田さん (進路順 ?)

  台風のほうは大丈夫でしたか? 
  被害にあわれた皆様に、お見舞い申し上げます。
  
  《 救急箱 》 が、皆さんの何かのお役にたてることを願っています。

本 『エーリヒ・ケストナー博士の抒情的救急箱
   Doktor Erich Kästners Lyrische Hausapotheke
』 (1936年)

   顔の裏をだれも覗きはしない Keiner blickt dia hinter das Gesicht

   《 Denn im Herzen ist viel Platz.
   Und es ist wie eine Wundertüte. 》

   《 心のなかは場所がいくらでもあって
   ちょうど魔法の袋のようだ。 》

   《 Deine Nachbarn haben selbst zu klagen. 》

   《 隣人には隣人の悩みがある。 》

 ケストナー博士は、この<魔法の袋>にはいるものとして、<忍耐、ユーモア、親切>などを挙げて、これらを<財宝>と呼んでいます。そして、《 これらをすっかり忘れてしまった者だけが、貧乏なのだ 》 といいます。

 じっさい、身体に棲みついてしまっているものは、だれにも盗まれることはありません。
 むしろ、人と接するにつれ、その財産は殖えてゆきます。
 けれどそのためには、いつも心に風を通わせておく必要があります。
 虫干し、というわけでもありませんが、これらの財産は生きものであり、
 つねながら新鮮な空気を必要とするからです。
 心が<魔法の袋>だとしても、そんなところまで面倒はみてくれないのですから。

 《 人生は いつだって いのちがけ Leben ist immer lebensgefährlich. 》 なのですから

   Das ist das Verhängnis
   zwischen Empfängnis
   und Leichenbegängnis
   nichts als Bedrängnis.

   これが運命だ
   受胎と
   埋葬のあいだに
   あるのは苦しみのみ。

 題名を含んでの4行詩です。日本語に直してしまうと、語感がみごとに消え失せてしまいます。「運命、受胎、埋葬、苦しみ」の原語は Verhängnis, Empfängnis, Leichenbegängnis, Bedrängnis. いずれも >-ängnis< という長い韻をもち、この音の中に eng (狭さ) あるいは Ängste (不安 [ 複数 ] ) という言葉が潜ませてあります。子宮も墓穴もともに狭いものであり、世に棲む日々もまたいつものびやかとは限りません。


本 ケストナー 警句 (Epigramm) 詩集 『簡単明白 Kurz und bündig 』 (1948年)

   精 確 Präzision

   Wer was zu sagen hat,
   hat keine Eile.
   Er läßt sich Zeit und sagt's
   in einer Zeile.

   言うことを持っている者は、
   急がない。
   時間をかけて
   1行で言う。

プレゼント YouTube Silktree Lullaby(作詞:皇后陛下)Lyric by the Empress

   《 風は吹いていないとき、なにをしているのだろう
    という子どもの問いを考えて見よ! 》

   Wer wagt es,
   sich den donnerrnden Zügen entgegenzustellen ?
   Die kleinen Blumen
   zwischen den Eisenbahnschwellen !

   だれにできるだろうか、
   轟音をたてて走る汽車に立ち向かうなんて?
   それをしているのは まくら木のあいだに咲く
   小さな花たち!

   《 毎晩 改札口に立った、
   腰のまがった哀れな老人が。
   いつか神さまが来てくれるかと思ったが、
   来るのは人間ばかりだった。 》

   創 造 的 な あ や ま ち Der schöpferische Irrtum

   Irrtümer haben ihren Wert;
   jedoch nur hie und da.
   Nicht jeder, der nach Indien fährt,
   entdeckt Amerika.

   誤りにも価値がある。
   だが いつでもではない。
   インドへ航海する者が、
   アメリカを発見するとはかぎらない。

   掟 Die Zwei Gebote

   Liebe das Leben, und denk an den Tod !
   Tritt, wenn die Stunde da ist, stolz beiseite.
   Einmal leben zu müssen,
   heißt unser erstes Gebot.
   Nur einmal leben zu dürfen,
   lautet das zweite.   

   人生を愛せよ、メメント・モリ (死を想え)!
   時が来たら、誇りをもって、わきへどけ。
   一度は生きなければならない、 
   それが 第一の掟。
   一度だけ生きることが許される、 
   それが 第二の掟。

   モラル(道徳、倫理) Moral

   Es gibt nichts Gutes
   außer: Man tut es.

   善は存在しない。
   それを行なうことがあるだけだ。 (実行する以外に 善はない。)

     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店

いす YouTube Beethoven Piano Sonata No 12 'Funeral' 3M
■ 第3楽章 : <英雄の死をとむらう葬送曲 Marcia funebre sulla morte d'un Eroe >
 ベートーヴェンがあたえた標題。2年後に書かれた第3シンフォニー 《 英雄 》 の第2楽章とともに、ベートーヴェンのただ2曲の送葬行進曲のうちの1つです。

喫茶店 YouTube Beethoven - Bagatelle Op. 126 N° 6

喫茶店 YouTube Godowsky plays Beethoven Sonata opus 81a (1/2)
喫茶店 YouTube Godowsky plays Beethoven Sonata opus 81a (2/2)
■ 第1楽章 : <お別れ、または惜別 Das Lebewohl >
■ 第2楽章 : <不在 Die Abwesenheit >
■ 第3楽章 : <再会 Das Wiedersehen >

 <神に対する平癒者の敬虔なる謝恩のうた 
  Heilige Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit >
 <憂愁 La malinconia >
 <嘆き疲れつつ Ermattet klagend >
 <心をしいたげられて beklemmt >
 <徐々によみがえりつつ nach und nach wieder aufledend >
 <困難にむかっての決意 schwergefasster Entschluss >
 <やや活発に、かつもっとも深い感情をもって 
  Etwaz lebhaft und mit der innigsten Empfindung >
 <活発に、行進曲ふうに lebhaft, marschmässig >
 <ゆるやかに、憧れにみちて langsam und sehnsuchtsvoll >
 <急速に、しかもあまり急速すぎないように、かつ断固として 
  geschwind, doch nicht zu sehr und mit Entschlossenheit >

 さて、どの曲に記されたベートーヴェン自身の注解でしょう?
 な〜んてね。
 標題的な注解をただ並べてみただけなんだけど、詩的なのがわかりますよね。
 楽譜を読むもうひとつのたのしみです。 

台風 Beethoven 《 E pur fra le tempesta 》

   ピエトロ・メタスタシオ Pietro Metastasio

   嵐 の な か に E pur fra le tempesta

   さりながら この嵐のなかに
   再び憩いを見出した。
   ああ もはや過ぎた たのしい日は戻るまい
   わたしの生涯には
   これがその楽しい日であろう
   わたしはこのように生き、
   このように死ぬだろう。

     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店

喫茶店 YouTube Brendel plays Schubert Impromptu Op.90/No.2 in E-flat

   エーリヒ・ケストナー Erich Kästner

   Ich bin ein Deutscher aus Dresden in Sachsen.
   Mich läßt die Heimat nicht fort.
   Ich bin wie ein Baum, der ─ in Deutschland gewachsen ─
   wenn’s sein muss, in Deutschland verdorrt.

   私はザクセンのドレースデン生れのドイツ人だ。
   ふるさとは私を捨てない。
   私は ── ドイツにはえた ── 木のようなものだ
   運命とあらば、私はドイツで枯れる。


   皆 さ ん、お 大 事 に Bürger, Schont eure Anlagen

   Arbeit ist das halbe Leben,
   Und die andre Hälfte auch.

   人生の半分は仕事であるが、
   残りの半分も仕事である。


本 テクストmuenic.de - Gedichte von Erich Kästner
喫茶店 YouTube A. Brendel - Schubert, Klavierstücke D. 946 No. 2 in E Flat

   誰 も が 知 っ て い る 憂 鬱 Traurigkeit die jeder kennt

   Man weiß von vornherein, wie es verläft.
   Vor morgen früh wird man bestimmt nicht munter.
   Und wenn man sich auch noch so sehr besäuft:
   die Bitterkeit, die spült man nicht hinunter.

   結果は最初からわかっている。
   夜が明けぬうちは けっして気分はよくならない。
   どんなに酔っぱらっても
   この苦々しさは 洗い落とすことができない。

   Die Trauer kommt und geht ganz ohne Grund.
   Und angefüllt ist man mit nichts als Leere.
   Man ist nicht krank. Und ist auch nicht gesund.
   Es ist, als ob die Seele unwohl wäre.

   全然理由もなく 来ては去る この憂鬱。
   そして ぼくらを充たすものは 空虚以外の何ものでもない。
   病気ではないけれど だからと言って健康でもない。
   魂が少し加減が悪い とでも言ったふうなんだ。

   Man will allein sein. Und auch wieder nicht.
   Man hebt die Hand und möchte sich verprügeln.
   Vorm Spiegel denkt man: "Das ist dein Gesicht?"
   Ach, solche Falten kann kein Schneider bügeln.

   ひとりでいたい。それでいて またいたくない。
   手をあげて 自分自身をひっぱたきたくなる。
   鏡の前で 「これがぼくの顔か?」 と考える。
   ああ いかなる仕立て屋も この皺にアイロンはかけられない。

   Vielleicht hat man sich das Gemüt verrenkt?
   Die Sterne ähneln plötzlich Sommersprossen.
   Man ist nicht krank. Man fühlt sich nur gekränkt.
   Und hält, was es auch sei, für ausgeschlossen.

   ことによったら 情緒の関節が外れたんだろうか?
   星が突然 ソバカスに見える。
   病気じゃない ただ感情が害われているだけさ。
   そして、何事によらず、不可能だという気がする。

   Man möchte fort und findet kein Versteck.
   Es wäre denn, man ließe sich begraben.
   Wohin man blickt, entsteht ein dunkler Fleck.
   Man möchte tot sein. Oder Gründe haben.

   往ってしまいたい だけど隠れる場所もない。
   自分を葬る 以外に途はない。
   どっちを見ても、黒い斑点が浮かんでくる。
   人は死にたくなる。でなければ休暇が欲しくなる。
   
   Man weiß, die Trauer ist sehr bald behoben.
   Sie schwand noch jedes Mal, so oft sie kam.
   Mal ist man unten, und mal ist man oben.
   Die Seelen werden immer wieder zahm.

   もうじき、この憂鬱が消えることはわかっているさ。
   来るたびに、いつも消えたから。
   下りたと思うと、こんどは上るんだ。
   霊魂がまた 扱いやすくなる。

   Der Eine nickt und sagt: "So ist das Leben."
   Der andre schüttelt seinen Kopf und weint.
   Wer traurig ist, sei's ohne Widerstreben!
   Soll das ein Trost sein? So war's nicht gemeint.

   ひとりは肯いて言う 「それが人生だ」と。
   もうひとりは 頭を揺さぶって泣く。
   世界は円い、それに比べるとぼくらはスラリとしている!
   そんなことが慰めになるのか? そんな意味じゃないんだ。

喫茶店 YouTube Brendel Plays Schubert - Ungarische Melodie D.817

   列 車 の 寓 話 Eisenbahngleichnis

   Wir sitzen alle im gleichen Zug
   und reisen quer durch die Zeit.
   Wir sehen hinaus. Wir sahen genug.
   Wir fahren alle im gleichen Zug
   Und keiner weiß wie weit.

   ぼくらはみな同じ列車に腰掛け
   時代を旅行している。
   ぼくらは外を見る。ぼくらは見飽きた。
   ぼくらはみな同じ列車に乗っている
   どこまでゆくのか 誰も知らない。

   Ein Nachbar schläft, ein andrer klagt,
   ein dritter redet viel.
   Stationen werden angesagt.
   Der Zug, der durch die Jahre jagt,
   kommt niemals an sein Ziel.

   隣りの男は眠っている、もうひとりは小言を言っている、
   あとのひとりはさかんに喋っている。
   駅の名がアナウンスされる。
   歳月を走る 列車は、
   いつまでたっても目的地に着かない。

   Wir packen aus. Wir packen ein.
   Wir finden keinen Sinn.
   Wo werden wir wohl morgen sein?
   Der Schaffner schaut zur Tür herein
   und lächelt vor sich hin.

   ぼくらは鞄を開ける。ぼくらは鞄を締める。
   さっぱり訳がわからない。
   明日はどこへ行くのやら?
   車掌はドアから覗いて
   ニヤニヤ笑うばかり。

   Auch er weiß nicht, wohin er will.
   Er schweigt und geht hinaus.
   Da heult die Zugsirene schrill!
   Der Zug fährt langsam und hält still.
   Die Toten steigen aus.

   行き先は、車掌も知らない。
   車掌は黙って出てゆく。
   突然 けたたましく汽笛が鳴る!
   列車は徐行して止まる。
   死人がゾロゾロ降りる。

   Ein Kind steigt aus. Die Mutter schreit.
   Die Toten stehen stumm
   am Bahnsteig der Vergangenheit.
   Der Zug fährt, er jagt durch die Zeit,
   und niemand weiß, warum.

   子どもがひとり降りた。母親が叫ぶ。
   死人は過去のプラットホームに
   黙って立っている。
   列車はまた発車する、列車は時代を走る、
   なぜだか、誰も知らない。

   Die 1. Klasse ist fast leer.
   Ein feister Herr sitzt stolz
   im roten Plüsch und atmet schwer.
   Er ist allein und spürt das sehr.
   Die Mehrheit sitzt auf Holz.

   1等室は ほとんどガラ空き。
   太った男がひとり 赤いビロードに
   傲然(ごうぜん)と腰掛け 苦しげに息をしている。
   彼はひとりぼっちで ひどく淋しがっている。
   たいがいは木の上に腰掛けている。

   Wir reisen alle im gleichen Zug
   zur Gegenwart in spe.
   Wir sehen hinaus. Wir sahen genug.
   Wir sitzen alle im gleichen Zug.
   und viele im falschen Coupé.

   ぼくらはみな同じ列車で旅行している
   現在は希望をもって。
   ぼくらは外を見る。ぼくらは見飽きた。
   ぼくらはみな同じ列車に腰掛けている。
   そして 多くはまちがった車室に。
 

雨 喫茶店 YouTube The music of Debussy - Reflets dans l'eau, etc.

 長文、最後までお読み下さり、ありがとうございました。

 それでは、また!




posted by 空っぽの皿 at 18:31| パリ 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

◆ 《 青い背景・・・ 》 と 《 赤い眼差し 》

Schnberg Eindrcke und Fantasien.jpgRichard_Gerstl Selbstportr舩,.jpg
Gerstl_-_Die_Familie_Schnberg[1].jpg



TV YouTube Arnold Schönberg (1874-1951) (English)

喫茶店 YouTube Arnold Schönberg: Piano Concerto op. 42 (Excerpt)
喫茶店 YouTube Arnold Schönberg - Piece for Piano Op. 33a
喫茶店 YouTube Arnold Schönberg, 6 little pieces op. 19 - Orchestral versi

 ハンガリー生れの裕福な家庭で育ったユダヤ人、リヒャルト・ゲルストル Richard Gerstl と同じくユダヤ人のアーノルド・シェーンベルク Arnold Schönberg が、いつ出会ったかは正確にはわかっていません。おそらくは、1902年前後のことだろうと推測されています。ゲルストルは、当時、完全にアカデミスムに反旗を翻していたばかりでなく、活動の頂点を迎えていたクリムト・グループにも反感を抱いていました。ゲルストルは、音楽にも深い関心があり、グスタフ・マーラーの熱烈な信仰者であり、そのことからシェーンベルクを知ったと考えられています。

 1905年以降、シェーンベルクとの関係は急速に深まり、1907年と1908年の夏には、シェーンベルク一家とその夏の別荘で一緒に過ごすほどでした。絵心のあったシェーンベルクは、ゲルストルから絵を学びました。当時、シェーンベルクは作曲家として急進的な作風の変化を経験していました。若いゲルストルとシェーンベルクは、創造的に刺激し合ったことでしょう。

 1908年に避暑地グムンデンで描かれた 《 シェーンベルクの家族 Die Familie Schönberg 》 (中央)の肖像画は、当時の常識では破天荒なほどに対象描写から離れています。このとき、シェーンベルクの妻マティルデとゲルストルと密かな恋愛関係にありました。破局は、秋に訪れます。ふたりは駆け落ちをしますが、結局、ふたりは引き離され、ゲルストルは25歳の若さで首をくくり、自殺を遂げてしまいます。

 シェーンベルクの 《 赤い眼差し Roter Blick 》 (1910年:左)は、何を見つめているのだろう?

 ゲルストルの 《 青い背景の前に立つ半裸の自画像 Selbstporträt, Halbakt vor blauem Hintergrund 》 (1901年:右)は、何を象徴していたのだろう? 一切の道具立てのない青い背景、正面を凝視するポーズ、頭部から肩にかけての青白い後光のような光、文字通り自己をさらけ出したかのような半裸の上半身 ・・・・・・

夜 YouTube 風 / 高田 渡

   リンゲルナッツ

   霖 雨 (ながあめ) Landregen

   Der Regen rauscht. Der Regen
   Rauscht schon seit Tagen immerzu.

   雨は降る。 もう
   幾日もひっきりなしだ。

   Und Käferchen ertrinken
   Im Schlammrinn an den Wegen. ─ ─
   Der Wald hat Ruh.
   Gelabte Blätter blinken.

   道ばたの泥溝のなかで
   甲虫が溺れている。── ──
   森は静まり。
   生きかえった木の葉が光る。

   Im Regenrauschen schweigen
   Alle Vögel und zeigen
   Sich nicht.

   森のざわめきのなかに
   すべての小鳥は黙して
   姿を見せぬ。

   Es rauscht urewige Musik.

   永劫の楽の音(ね)を聴くようだ。

   Und dennoch sucht mein Blick
   Ein Streifchen helles Licht.
   Fast schäm ich mich, zu sagen:
   Ich sehne mich nach etwas Staub.

   でも ぼくの眼は
   一条の明るい光をさがす。
   少しばかりの埃が恋しい、
   とさえ 言いたくなる。

   Ich kann das schwere, kalte Laub
   Nicht länger mehr ertragen.

   ぼくは あの重い冷たい木の葉は もう 
   これ以上 見るにたえない。


   
  それでは、また!



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2009年10月06日

◆ 《 夢 見 る 少 年 た ち : 第 3 の 男 》

Oskar Kokoschka[2].jpegSelf-portrait with Doll by Oskar Kokoschka(1921).jpg
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アート 詩画集 『 夢見る少年たち Die träumenden knaben 』 1917年刊行、(1907年〜8年制作)
  第8葉 Blatt 8, 《 少女リーと僕 Das Mädchen Li und ich 》
アート 《 ピエタ 》 1908年 〜 1909年
アート 《 画家と人形 》 1922年

喫茶店 YouTube "The Third Man Theme"
喫茶店 YouTube Anton Karas - Der dritte Mann - live - 1982
喫茶店 YouTube Beatles - Third Man Theme

 クリムト、シーレ、そしてココシュカ ──

本 オスカー・ココシュカ Oskar Kokoschka ─ Wikipedia
本 アルマ・マリア・マーラー Alma Maria Mahler ─ Wikipedia

 《 ・・・ この3年間は類を見ない激しい愛の闘いでした。私はかつてこれほどの苦悶と地獄と、そして天国を味わったことはありませんでした。・・・ ココシュカは私の人生を満たし、同時に破壊したのです。》
 ── アルマ・マーラー 『自伝』 より


   ヨアヒム・リンゲルナッツ

   失 敗 に 帰 し た 情 事 MISSGLÜCKTES LIEBESABENTEUER

   Das Herz sitzt über dem Popo. ─
   Das Hirn überragt beides.
   Leider! Denn daraus entspringen so
   Viele Quellen des Leides.

   心臓は尻の上方に位置する。──
   脳髄はこの両者の上にそびえている。
   残念ながら! と申すのは ここに
   煩悶の多くの源が発している。

   Doch ginge uns plötzlich das Hirn ins Gesäß
   Und die Afterpracht in die Köpfe,
   Wir wären noch minder als hohles Gefäß,
   Nur gestürzte, unfertige Töpfe.

   しかしながら突然 脳髄が臀部に
   後部の絢爛(けんらん)が頭部に移動したとすれば、
   われわれは空っぽの皿にも及ばず、
   わずかに転倒したできそこないの壺であろう。

   Herz, Arsch und Hirn. ─ Ich ziehe retour
   Meine kleinliche Überlegung. ─
   Denn dieses ganze Gedicht kommt nur
   Aus einer enttäuschten Erregung.

   心臓と、尻と脳髄。 ── 僕はこの
   大人げない省察を取り消す。──
   何故となれば この詩全体が
   幻滅と興奮から生まれたものに過ぎないからだ。


 <日本語版 Wikipedia ココシュカのエピソードの注>

 1918年、ドレスデンに住居を定めたココシュカは、ミュンヒェンの人形作家ヘルミーネ・モースにアルマを模った等身大の人形を注文します。アルマの肉体的な特徴についての詳細なデータとデッサンを送って完璧なレプリカを求めました。ココシュカは、人形が出来上がったら、雇った馬車を駆って、オペラ座の桟敷席に同伴するつもりでした。ココシュカが、《 イカれたココシュカ 》 と呼ばれたのもこの頃でした。けれど、人形の出来があまりにも悪く、失望したココシュカは、友人たちを集めて、人形との盛大なお別れパーティーを開きます。アルマへの想いを断ち切るかのように、夜更けに人形の首を切り、これに赤ワインをかけて、庭に放置しました。翌日、事件の匂いを嗅ぎつけた警官が訪れて、事情聴取をしますが、両者の笑顔で、一件落着と相なったとさ。

喫茶店 YouTube Berg Violin Concerto pt 1 - Frederieke Saeijs

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Pablo Casals 1954 Oskar Kokoschka.jpg

夜 YouTube Pablo CASALS - CHOPIN, Nocturne in E flat Major

 1908年、第1回の「クンストシャウ」展に出品された版画連作 《 夢見る少年たち 》 でデビューしたココシュカ。文字通り、夢見るようなメルヘン的世界と、空間の平面的な処理とデザイン化された装飾性となっていますが、角張った人体描写そのほかには、ドイツの表現主義者らが関心を抱いていた、中世末期のドイツの木版画に通じる1種のプリミティヴィスムが感じられます。クリムト、分離派の優美な曲線様式からは距離を置いていることがわかります。のちに、彼自身の散文詩も付けられ、ヴィーン工房から刊行されました。以後、ココシュカは、詩作、劇作にも特異な才能を発揮します。──

 1909年、第2回「クンストシャウ」展の野外劇場で上演されたココシュカ自作の戯曲、《 殺人者、女たちの希望 》 のポスター、別名 《 ピエタ 》 (冒頭中央の画)になってはじめて、ココシュカの個性はいかんなく発揮され、建築家のアドルフ・ロースは、その特異な才能を見抜き、ココシュカの資質には合わない分離派の装飾性からの<分離>を促します。また、この「クンストシャウ」展で初めてココシュカの作品を見たフランツ・フェルディナント大公は、「こやつの体中の骨をへし折ってやりたい」と吐きすてて会場を去った、と伝えられています。

 《 (ヴィーンの)ブルジョワにとって私は常に目障りな存在であったが、彼らは芸術を壁に飾る何かと見ていた。一方、貴族階級にとって芸術とは、彼らの祖先崇拝のための補助手段に過ぎなかった 》。 
 ── ココシュカ

喫茶店 YouTube Pablo Casals plays BACH - Suite no 1 for Cello - part 1

 アルマとの3年間の愛の葛藤から生まれた作品は少なくありません。
 1914年の 《 風の花嫁 Die Windsbraut 》 別名 《 テンペスト(嵐) Tempest 》 はそのなかでも傑作として高く評価されています。ドイツ語の「風の花嫁」は、「嵐、旋風」を意味します。

 嵐のような恋の成就と終焉を描いたこの絵は、
 その精神において暗示的、示唆的な主題において象徴的、
 内面表出において表現主義的、
 奔流のような躍動感のおいてバロック的な精神に貫かれています。
 眠るアルマに対し、ココシュカの宙を見つめる諦念に満ちた眼差しが印象的です。

 その意味で、ココシュカは、絵画における精神分析の創始者であり、
 <ヴィジョンの画家>ともいえます。
 <ヴィーン的表現主義>があるとすれば、それはココシュカの芸術にほかなりません。


 それでは、また!


posted by 空っぽの皿 at 20:53| パリ 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

◆ M に 贈るうた : 《 こうもあり得たと思うこと ・・・ 》

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プレゼント YouTube Beethoven - String Quartet No.9 "Rasumovsky", Op.59 No.3 - 1.Introduzione
プレゼント YouTube Beethoven - String Quartet No.9 "Rasumovsky", Op.59 No.3 - 2.Andante con moto


   『 4 つ の 4 重 奏 FOUR QUARTETSAn accurate online text

   T.S. エリオット T.S. Eliot

     "Although logos is common to all, most people live
     as if they had a wisdom of their own."
                              1. p.77. Fr.2

     《 ロゴスが共通なものとしてあるにもかかわらず、多くのひとは
       自分だけの考えをもっているかのような生き方をしている。 》
                              1巻. 77頁. 断片 2

     "The way upward and the way downward are the same."
                              1. p.89. Fr.60

     《 上への途も下への途も同じ1つのもの。 》
                              1巻. 89頁. 断片 60

     Diels: Die Fragmente der Vorsokratiker (Herakleitos)

     ヘルマン・ディールス編: 『ソクラテス以前の人々の断片集』 「ヘラクレイトス」

     本 Héraclite (英語版:他にギリシア語、フランス語版あり)


   4 重 奏 Quartet No. 1: 「バーント・ノートン Burnt Norton 」

   第 I 楽章

   Time present and time past
   Are both perhaps present in time future,
   And time future contained in time past.

   現在の時間と過去の時間は
   おそらくともに未来の時間のなかに現在し
   未来の時間はまた過去の時間のなかに含まれる。

   If all time is eternally present
   All time is unredeemable.

   あらゆる時間が永遠に現在するとすれば
   あらゆる時間は償うことのできぬもの。

   What might have been is an abstraction
   Remaining a perpetual possibility
   Only in a world of speculation.

   こうもあり得たと思うことは1つの抽象であり
   永遠に可能態以上のものではなく
   ただ思念の世界にとどまる。

   What might have been and what has been
   Point to one end, which is always present.

   こうもあり得たと思うことと こうなってきたこととは
   つねに現在する1つの終わりに向かう。

   Footfalls echo in the memory
   Down the passage which we did not take
   Towards the door we never opened
   Into the rose-garden. My words echo
   Thus, in your mind.

   跫音は追憶のなかに木霊し
   わたしたちの通らなかった廊下を
   わたしたちの開かなかった扉の方へと向かい
   バラ園に抜ける。わたしの言葉も
   このようにきみの心に木霊する。

               But to what purpose
   Disturbing the dust on a bowl of rose-leaves
   I do not know.

               だが なんのために
   バラのポプリの壺においた塵を乱すのか
   わたしにはわからない。

               Other echoes
   Inhabit the garden. Shall we follow?

               ほかの木霊たちも
   この園には住みついている。ついてゆこうか?

   Quick, said the bird, find them, find them,
   Round the corner. Through the first gate,
   Into our first world, shall we follow
   The deception of the thrush? Into our first world.

   はやく、と鳥が言った、見つけなさい、はやく、
   その角をまがって、と。初めの門を抜けて
   初めの世界までついてゆこうか?
   ツグミの声にのせられて わたしたちの初めの世界まで。

   There they were, dignified, invisible,
   Moving without pressure, over the dead leaves,
   In the autumn heat, through the vibrant air,
   And the bird called, in response to
   The unheard music hidden in the shrubbery,
   And the unseen eyebeam crossed, for the roses
   Had the look of flowers that are looked at.

   そこに彼らはいた、いかめしく、だが目には見えず、
   すいすいと枯れ葉の上を、動いていた、
   秋の日盛りのふるえる大気のなかを、
   そのとき鳥が呼んだ、繁みのなかに
   隠れて聞こえぬ音楽に応えて、
   そして 目には見えぬ視線が交差した、バラたちが
   人に見られているときの花の表情をしていたのだ。

   There they were as our guests, accepted and accepting.

   そこに彼らはいた、わたしたちの客として迎えられ迎えながら。

   So we moved, and they, in a formal pattern,
   Along the empty alley, into the box circle,
   To look down into the drained pool.

   そんなふうに、わたしたちも進んだ、彼らと一緒に 整った形になって、
   だれもいない小道を抜け、黄楊(ツゲ)の樹の輪のなかへ入り、
   涸れた池を見下ろした。

   Dry the pool, dry concrete, brown edged,
   And the pool was filled with water out of sunlight,
   And the lotos rose, quietly, quietly,
   The surface glittered out of heart of light,
   And they were behind us, reflected in the pool.

   乾いた池、乾いたコンクリートの褐色の縁、
   やがて陽の光は水になって池に漲り、
   蓮は、静かに、静かに、伸びた
   池の面は芯からの光にきらめき、
   彼らはわたしたちの背後にいて、その姿が池に映った。

   Then a cloud passed, and the pool was empty.

   それから 一塊の雲が空をよぎると、ふと池は空っぽになった。

   Go, said the bird, for the leaves were full of children,
   Hidden excitedly, containing laughter.

   行きなさい、と鳥が言った、子どもたちが葉叢にいて、
   笑いをこらえながら、身をひそめているから。

   Go, go, go, said the bird: human kind
   Cannot bear very much reality.

   行きなさい、さあ、さあ、と鳥が言った。人間は
   あまり多くの真実には耐えられないのです。

   Time past and time future
   What might have been and what has been
   Point to one end, which is always present.

   過去の時間と未来の時間が
   こうもあり得たと思うことと こうなってきたこととが
   常に現在する1つの終わりに向かう。


プレゼント YouTube Beethoven - String Quartet No.9 "Rasumovsky", Op.59 No.3 - 3.Menuetto
プレゼント YouTube Beethoven - String Quartet No.9 "Rasumovsky", Op.59 No.3 - 4.Allegro molto


   第 V 楽章

   Words move, music moves
   Only in time; but that which is only living
   Can only die. Words, after speech, reach
   Into the silence. Only by the form, the pattern,
   Can words or music reach
   The stillness, as a Chinese jar still
   Moves perpetually in its stillness.

   言葉は動く、音楽は動く
   ただ時間のなかを。だが ただ生きているだけの者は
   死ぬことができるだけ。言葉は、語られてのち
   沈黙に変わる。形によって、形式によって、はじめて
   言葉は また音楽は
   静謐に達する、まるで支那の古甕が永遠に
   動きながら その静寂を保ちつづけるように。それは

   Not the stillness of the violin, while the note lasts,
   Not that only, but the co-existence,
   Or say that the end precedes the beginning,
   And the end and the beginning were always there
   Before the beginning and after the end.

   楽譜がつづいているあいだのヴァイオリンの静けさではなく、
   それだけではなく、共に存在すること、
   いわば終わりが初めに先行し、
   初めの前と終わりの後に
   常に終わりと初めがあるような静けさ。

   And all is always now. Words strain,
   Crack and sometimes break, under the burden,
   Under the tension, slip, slide, perish,
   Decay with imprecision, will not stay in place,
   Will not stay still. ...

   すべては常に いま 存在する。言葉は張りつめ、
   ひび割れ ときに壊れる、重荷に挫け、
   緊張に耐え切れず、すべり、崩れ、磨滅し、
   不精確のために腐蝕し、居場所を失い、
   静止のままとどまることはない。・・・


 <参考文献、注>

 Peter Milward. A Commentary on T. S. Eliot's Four Quartets. 1968
 ピーター・ミルワード 『 評釈 - エリオット《 4つの4重奏 》 』

 the box circle : 劇場の「特別席」の意味もありますが、ミルワードによれば、《 低い黄楊の樹に囲まれ草に覆われた円形劇場 》 と記しています。その解釈に基づき、訳出しました。

喫茶店 YouTube Eschenbach - Mozart, Piano Sonata K.545 In C Major - II Andante

メール M に

 ありがとうございました。

 旧『モーツァルト全集』では、第15番。
 新『モーツァルト全集』では、第16番になっています。


 それでは、また!


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2009年10月04日

◆ Mes joies quotidiennes

SchieleUntergehende Sonne.jpgEgon_Schiele_Vier B舫me.jpg
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アート 《 日 没 》  アート 《 森 の 祈 祷 所 》  アート 《 四 本 の 樹 》

喫茶店 YouTube My Favorite Things Yo Yo Ma & Chris Botti

 《 ぼくはわかるようになりました。大地は、そのどんなに小さな部分でも呼吸し、匂いをかぎ、耳をすませ、感じているのです。》

   《 ぼくは鬱蒼と繁った樅の森の
     赤黒いドームの下に足を運ぶ。
     森はひっそりと静まり、
     僅かに身じろぎして こちらを見つめようとする。》

 《 酔ったように赤い秋の樹木の葉には、貧しい小作人たちに通う匂いがあります。でも風の吹くこの冬近い里の眺めは、なんと快いことでしょうか。》

   《 子供の頃の思い出として今でもはっきり残っているのは、
     並木道のある春のなだらかな風景と、荒れ狂う嵐だった。
     ・・・ 
     秋が来ると、半ば目を閉じて泣いたものだ。
     春が来ると、あらゆる生命に木霊する音楽を夢見たものだ。》

 《 ぼくはひとりになってボヘミアの野に行きたい。・・・ 光と太陽を見たい。夕べの濡れた緑の野を楽しみたい。空に白い雲が湧き上がるのを見たい。ぼくは花々に語りかけたい、様々の草を、薔薇色の人間を、心をこめて見つめたい。古い荘厳な教会堂が、小さなドームが、もの言うことを理解したい。遠く広がる平地を脱けて、野の中のこんもりとした丘へと足を休めずに走りたい。大地に接吻し、柔らかい温かな苔の花たちの匂いを嗅ぎたい。そうしたら、ぼくはどれほど美しく造形することだろう、あの活き活きとした、色彩に溢れる草原を ── 。》

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Schiele Herbstsonne und B舫me.jpg

アート 《 秋の樹 》 アート 《 秋の日、樹 》 アート 《 吹き荒ぶ風のなかの秋の樹 》

 《 おまえを見ることができるとき、ぼくは半ば閉じた眼から、赤い大きな涙を流す。おまえ、苦しみの眼よ、おまえは湿った森の風を感じとる。おまえ、嗅ぐ者よ、なんと途轍もなくおまえは、神の如く巨大な息を呼吸せねばならぬのか。》

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アート 《 死せる町 V 》 別名 《 青い流れに面した町 》 アート 《 クルマウの風景 》
アート 《 モルダウ河に面したクルマウ 》

   《 ぼくは1890年6月12日、ドナウ河沿いの町トゥルンで生まれた。
     父はヴィーン人で、母はクルマウ生まれだった。》

 《 ぼくは死にゆく町や風景の悲しみ、孤独を探し求めた。・・・ それはぼくが、この世には多くの悲惨があり、他のどの季節よりも秋の方がずっと美しいことを知っているからだ 》。


     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店

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喫茶店 Beethoven 《 Piano Sonata No.5 Op.10-1 》 Alfred Brendel
喫茶店 YouTube 第1楽章
喫茶店 YouTube 第2楽章
喫茶店 YouTube 第3楽章

   ヨアヒム・リンゲルナッツ Joachim Ringelnatz

   地 球 儀 Der Globus

   “ Wo sitzt ”, so frug der Globus leise
   Und naseweis die weise, weiße,
   Unübersehbar weite Wand,
   “ Wo sitzt bei uns wohl der Verstand? ”

   《 どこにいったい 》 地球儀がこっそり
   こまっちゃくれて、
   白い、賢い、見きわめもつかぬ広漠たる壁にきいた、
   《 どこにいったい 僕らの理性はあるのかね? 》

   Die Wand besann sich eine Weile.
   Sprach dann: “ Bei dir - im Hinterteile! ”

   壁はしばらく考えたが
   《 君んところじゃ お尻だね! 》 

   Nun dreht seitdem der Globus leise
   Sich um und um herum im Kreise -
   Als wie am Bratenspieß ein Huhn,
   Und wie auch wir das schließlich tun -
   Dreht stetig sich und sucht derweil
   Sein Hinterteil, sein Hinterteil.

   さてそれ以来 地球儀はこっそり
   円を描いて まわる まわる ──
   まるで焼き串に刺されたニワトリのように、
   そして 僕らも結局 同じことだが ──
   まわりまわる その間には
   自分のお尻を、自分のお尻を探している。


     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店     喫茶店

Egon_Schiele_Pflaumenbaum.jpgSchiele_-_Kunst_kann_nicht_modern_sein_Kunst_ist_urewig_-_1912[1].jpg
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アート 《 ツリウキソウと秋の樹 》 アート 《 トリエステの釣り船 》
アート 《 Kunst kann nicht modern sein; Kunst ist urewig. 》
   《 現代芸術などというものは存在しない。芸術は原初から不変のものだ。》

 《 トリエステを、その海を、広々とした空気をぼくは夢見た。ああ、そこに行けたなら! 自らを慰めるために、ぼくは自分を船になぞらえて描いた。アドリア海の水にゆらゆらと揺れているような、カラフルで腹のふくらんだ船だ。それに乗って、ぼくの熱い願いと空想と、はるばると航海し、宝石のような鳥たちが素晴らしい樹々のあいだを飛びまわったり、囀ったりしている遠い島々へと出かけてゆくことができるのだ。おお、海はどこにある? 》


Egon_Schiele_The Poet.jpgEgon_Schiele_069[1].jpg
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アート 《 詩 人 》 アート 《 ほおずきの実のある自画像 》 アート 《 ヴァリー・ノイツィルの肖像 》

 《 この情けない戦争はいったいいつまで続くのでしょう ── 今はこれまで人間が出会って来たいちばん悪い時代です ── 何のために人間はこの世界に生きているのでしょうか。》

   《 ── あらゆるものは、生きながら死んでいる。》

   《 ぼくは人間である。ぼくは死を愛し、そして生を愛す。》

 《 こうしてぼくは、より多くのものを、もっと遥かなものを、自分のなかから限りもなく湧き出ずるものを、送りだそうとします。すべてである愛がこのような方法でぼくを豊かにしてくれる限り。従来の自分を飛び越えてまで察知した新しい認識をもたらすべく自分のなかへ引き込もうとする何か、つまり本能的に惹かれる何ものかへと導いてくれる限り。》

 《 ぼくはすべての生きものの不滅を信じて疑わない。生き物が装う飾りはただ外面にとどまる。そして、様々な形に織り込まれた記憶を、ぼくは自分のなかに抱えている。》

   《 ICH EWIGES KIND, ─ ぼくは永遠の子供 ── 》。

 《 朝早く、太陽が昇って来るのにぼくは再会したい。そして、目を覚ました大地が息づき、微かに光り始めるのを見ることができればいい、と願う。》


 それでは、また!


音楽 YouTube 赤とんぼ - 小鳩くるみ
喫茶店 YouTube Je Te Rends Ton Amour - Mylene Farmer

本 Briefe und Prosa von Egon Schiele, Arthur Roessler, Wien, 1921
本 Egon Schiele Schriften und Zeichnungen, Allerheiligenpresse, Florenz, 1979
本 Egon Schiele ─ Wikipedia
アート Egon Schiele ─ Wikimedia Commons



posted by 空っぽの皿 at 08:42| パリ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

◆ 《 どのような運命にも勇気をもって ・・・ 》

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喫茶店 YouTube Adagio in G minor by Albinoni
喫茶店 YouTube Albinoni - Adagio in g-moll
喫茶店 YouTube Tomaso Albinoni: Adagio
喫茶店 YouTube Samuel Barber: Agnus Dei (Adagio for strings)

本 The Oxford Book of Children's Verse in America (Kindle Edition)amazon.com

   ハンナ・フラッグ・グールド Hannah Flagg Gould

   死 に ゆ く 子 ど も の 願 い The Dying Child's Request

   病気でベッドに 寝たっきりの男の子が
    力のない目で おかあさんの顔を見あげ
   天に召されること 知っているような口ぶりで
    言いました

   《 ね かあさん 悲しい顔みせないで
    かあさんや友だちを残してゆくけど
   きっとみんなの思い出が天国で
    ぼくの大切な宝物になるから

   《 わかるんだ ぼくがゆくのはきっと
    イエスさまが用意してくれるお家(うち)
   みんなとさよならしても
    やがてそのお家で またみんなに会えるんだ

   《 弟にも妹にも いっしょに遊んだ友だちにも
    なにか贈りものを残したいんだ
   ぼくと会えなくなっても
    ぼくのことをいつまでも 思い出してくれるように

   《 だからぼくの絵本を みんなに分けてやって
    ぼくのオモチャも みんなにあげて
   みんなが大きくなっても
    今のこのぼくの姿を思い出してもらいたいから

   《 それから かあさん ぼく貯金箱に
    少しお金をためたから 取り出して
   お願い 困っている人たちに分けてあげて
    あやまちをおかさないようにしてあげて

   《 悪い子だったけど だれかの役にたてるよね
    ぼくのまごころの声をきいたら
   天使さんたちも喜んで
    イエスさまをたたえ 歌ってくれるよね

   《 ああ 息ができない 暗くて冷たい
    すぐそばで 羽根がふわふわ舞ってる
   お願いだからみんな 約束してよね
    ぼくが死んでも ずっとぼくを好きでいてくれるって

   《 ああ かあさん どうなってしまったの?
    みんなの姿が見えないよ!
   お願いだから ぼくにあったかいキスしてよ
    天使さんたちがきた ぼくを抱こうとしているよ! 》

   朝日が差して来て
    男の子がよこたわる部屋を照らします
   男の子をあんなにまばゆく輝かせた魂は
    すでに天国へ旅立っていました。


喫茶店 YouTube Gabriel Fauré - Élégie pour violoncelle et orchestre, Op. 24
喫茶店 YouTube J. Massenet - Elegy

喫茶店 YouTube Mark Hambourg plays Mendelssohn/Liszt On Wings of Song
喫茶店 YouTube J. Heifetz Plays "Of Wings of Song" No. 2 (Mendelssohn)
喫茶店 YouTube Auf Flügeln Des Gesanges -Yoshikazu Mera 米良美一

 ハンナ・フラッグ・グールド Hannah Flagg Gould

 ヴァーモント州ランカスターに生まれ、生涯の大半をマサチューセッツ州ニューベリーポートで送った詩人。生涯独身のまま、独立戦争で戦った父の世話をし、その父のそばを離れませんでした。1832年の『詩集』 は、友人たちが彼女に内緒で編纂、出版したものでした。売れ行きもよく、翌年には再版され、その後数十年にわたって、彼女はアメリカの読者を魅了し続けました。

喫茶店 YouTube Oh My Darling Clementine performed by Pete Seeger, Pham Duy,
本 Pham Duy ─ Wikipedia

   《 ネサランア ネサランア (おお愛よ、愛よ)
   ナエサラン クレメンタイン (わがいとしのクレメンタインよ)
   ヌルグンエビ ハンジャトゴ (老いた父ひとりにして)
   ヨンヨン アジョ カンヌニャ (おまえは本当に去ったのか) 》

 《 誰が唄いだして私にまできた歌なのか。どうあろうとこれは私の<朝鮮>の歌だ。父が私にくれた歌であり、私が父に返す祈りの歌なのだ。私の歌。私の言葉。このかかえきれない愛憎のリフラン ── 》。

 ── キム・シジョン(朝鮮民主主義人民共和国の詩人)

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喫茶店 YouTube Gabriel Urbain Fauré - Après un rêve
喫茶店 YouTube Mischa Maisky : Apres un reve by Gabriel Faure
喫茶店 YouTube Joshua Bell - Faure - Apres un reve (After a dream)
喫茶店 YouTube Rolando Villazón - Après un rêve (Fauré)

   ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー Henry Wadsworth Longfellow

   生きることを讃えるうた A Psalm of Lifeby
 
   Tell me not, in mournful numbers,
    Life is but an empty dream!
   For the soul is dead that slumbers,
    And things are not what they seem.

   悲しげに言わないでおくれ、
    生きることなどむなしい夢だと!
   やる気がなければ 魂だって躍らない、
    なんだって 見かけだけではわからない。

   Life is real! Life is earnest!
    And the grave is not its goal;
   Dust thou art, to dust returnest,
    Was not spoken of the soul.

   生きるのは現実! ごまかしはきかない!
    墓場をめざして生きるのはいやだ!
   あなたは塵だから 塵にもどりなさい
    なんて 魂とは関係ない。

   Not enjoyment, and not sorrow,
    Is our destined end or way;
   But to act, that each to-morrow
    Find us farther than to-day.

   目指すのは
    楽しみでも悲しみでもない
   行動して 今日よりは明日
    さらに前進するために生きている。

   Art is long, and Time is fleeting,
    And our hearts, though stout and brave,
   Still, like muffled drums, are beating
    Funeral marches to the grave.

   学んでもきりがなく 時はすばやく過ぎてゆく
    心臓は 丈夫でたくましくても
   内にこもった太鼓のように
    死者を墓場へ送る曲を打ちつづける。

   In the world’s broad field of battle,
    In the bivouac of Life,
   Be not like dumb, driven cattle!
    Be a hero in the strife!

   この世は広い戦場
    人生という野営地だ
   ものも言えずに追い立てられる
    家畜になるな! つねに戦う勇者であれ!

   Trust no Future, howe’er pleasant!
    Let the dead Past bury its dead!
   Act, ─ act in the living Present!
    Heart within, and God o’erhead!

   どんなにバラ色でも 未来をあてにするな!
    死人を葬るのは 死んだ過去にまかせておけ!
   行動だ! 生きている今という時を逃がすな!
    胸には勇気を抱き 頭上には神をいただいて!

   Lives of great men all remind us
    We can make our lives sublime,
   And, departing, leave behind us
    Footprints on the sands of time;

   偉大な生涯を生きた者たちがいた
    われわれだって人生をすばらしいものにできる
   この世に別れるとき
    時間の砂漠に足跡を残してゆける。

   Footprints, that perhaps another,
    Sailing o’er life’s solemn main,
   A forlorn and shipwrecked brother,
    Seeing, shall take heart again.

   人生という大海原に
    おもおもしく乗り出して難破し
   あわれな姿に変わり果てた者がその足跡を見つけ
    勇気をふるい起こすことになるかもしれない。

   Let us, then, be up and doing,
    With a heart for any fate;
   Still achieving, still pursuing,
    Learn to labor and to wait.

   だから おおいに生きよう
    どのような運命にも勇気をもって
   たえず実行 たえず追及
    力を尽くして 待つだけだ!


プレゼント YouTube Philippe Jaroussky on "La Boîte à Musique" 31.7.09 . Part VI.

   《 Et qu'à vos yeux si beaux l'humble présent soit doux. 》
   願わくは麗しの君が眼(まなこ)に つつましきこの贈りもの 美しとのみこそ映れ。
   《 Rêve des chers instants qui la délasseront. 》
   疲れを癒さむ甘き時を 夢見るを。
   《 Et que je dorme un peu puisque vous reposez. 》
   暫しがほどわれは眠らむ 君もまた 睡(まどろ)みたれば。

   ── ポール・ヴェルレーヌ Paul Verlaine

喫茶店 YouTube Sérénade florentine - Thomas Allen (Duparc)
喫茶店 YouTube Gerard Souzay sings Duparc (vaimusic.com)

   君、
   風だよ
   風。
   生きることまでが
   吹かれているのだよ。
   透ける日ざしの光のなかを。

   ── キム・シジョン 『光州詩片』 「骨」 より

喫茶店 YouTube Prey sings Schubert "an den mond"

   まだ生きつづけているものがあるとすれば
   耐えしのいだ時代よりも
   もっと無惨な 砕けた記憶。
   それを想い返す瞳孔かも知れない。

   ── キム・シジョン 『野原の詩』 「まだあるとすれば」 より


 それでは、また!


posted by 空っぽの皿 at 10:19| パリ 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

◆ ウィリアム・カレン・ブライアント : 花 た ち の 死

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喫茶店 YouTube "Berceuse" from Jocelyn - Summer Watson
喫茶店 YouTube Cats Musical - Memory

   花 た ち の 死 The Death of the Flowers

The melancholy days are come, the saddest of the year,
Of wailing winds, and naked woods, and meadows brown and sere.
Heaped in the hollows of the grove, the autumn leaves lie dead;
They rustle to the eddying gust, and to the rabbit's tread;
The robin and the wren are flown, and from the shrubs the jay,
And from the wood-top calls the crow through all the gloomy day.

毎日暗い日がつづく 1年のうちで いちばんかなしい時期
風が泣き叫び 森は葉っぱが落ちて まるはだか 草地は茶色に枯れて かさかさだ
枯れ葉が木々のあいだで 折り重なって 死んでいる
つむじ風に吹かれ ウサギに踏まれて カサコソ音をたてている
コマドリやミソサザイが空に舞い 茂みからはカケスが飛び立ち
森の上からはカラスの鳴き声がして 一日中気分が滅入る

Where are the flowers, the fair young flowers, that lately sprang and stood
In brighter light and softer airs, a beauteous sisterhood?
Alas! they all are in their graves, the gentle race of flowers
Are lying in their lowly beds, with the fair and good of ours.
The rain is falling where they lie, but the cold November rain
Calls not from out the gloomy earth the lovely ones again.

花はどこへ行ったのか 美しくみずみずしい花たちは
  もっと明るい光と もっと穏やかな空気のなかで
咲きいでていたのは ついこのあいだのこと
  みんな一緒に咲いていた あのきれいな少女たちは どこへ行ったのか?
かなしいことに 彼女らはみんな墓のなか やさしい花の仲間たち 花壇で惨めに萎れている
美しくみごとに咲いていた わたしたちの花たちも やはり一緒に萎れてる
しなだれる花たちのうえに雨が降る でも つめたい11月の雨は
ふさぎ込んだ大地から すてきな花を 呼び戻すことはない

The wind-flower and the violet, they perished long ago,
And the brier-rose and the orchis died amid the summer glow;
But on the hills the golden-rod, and the aster in the wood,
And the yellow sun-flower by the brook in autumn beauty stood,
Till fell the frost from the clear cold heaven, as falls the plague on men,
And the brightness of their smile was gone, from upland, glade, and glen.

アネモネやスミレは とっくのむかしに枯れました
野バラもランも 夏の盛りに消えました
ただ 丘の上にはアキノキリンソウが 森のなかにはアスターが
小川のそばには黄色いヒマワリが 秋と美しさを競うように咲いていた
でもすぐに 災いが人にふりかかるように
  青く澄み切った冷たい空から 霜が降りて来て
花たちの笑顔のかがやきは 高原からも 沼地からも 谷間からも消えてしまった

And now, when comes the calm mild day, as still such days will come,
To call the squirrel and the bee from out their winter home;
When the sound of dropping nuts is heard, though all the trees are still,
And twinkle in the smoky light the waters of the rill,
The south wind searches for the flowers whose fragrance late he bore,
And sighs to find them in the wood and by the stream no more.

さて 穏やかでのんびりした日がおとずれ おなじような 穏やかな日々がつづき
リスやミツバチが冬ごもりの 棲み家からさそい出される頃
木々がひっそり静まりかえり 木の実が落ちる音だけがきこえ
小川の流れが くすんだ光を浴びてきらめく頃
南の風が花たちをさがしまわる 花たちの香りを運んだのがついこのあいだなのに
森にも川のそばにも花はなく 南の風はけっきょくため息をつく

And then I think of one who in her youthful beauty died,
The fair meek blossom that grew up and faded by my side.
In the cold moist earth we laid her, when the forests cast the leaf,
And we wept that one so lovely should have a life so brief:
Yet not unmeet it was that one, like that young friend of ours,
So gentle and so beautiful, should perish with the flowers.

この季節になると わたしには 若くてきれいなうちに亡くなってしまった人のことがうかんでくる
わたしのそばで大きくなって 萎れて逝った
  しとやかで美しい 花のような少女のことが思いだされる
冷たく湿った土に わたしたちはその少女を埋めた 森の木々が葉を落とすころだった
あんなにかわいい娘が あれほど短いあいだしか 生きられないとは わたしたちは泣いた
けれど わたしたちのその年下の友だちは あまりにもしとやかで美しかった
そのような娘が 花とともに姿を消しても 不自然には思えなかった


 ウィリアム・カレン・ブライアント William Cullen Bryant

 アメリカの詩人、批評家。植民地時代からのピューリタンの家系に生まれ、勤勉と節約を教えこまれます。虚弱な体質だったため散歩の習慣を身につけ、自然に親しむ詩人に育ちます。イギリスの自然詩人ロバート・サウジーやウィリアム・クーパー、それに宗教詩人ジョン・ミルトンの感化を受けて、17歳のとき「死生観 Thanatopsis 」という詩を書きます。のちに改作されたうえ『詩集 Poems 』 (1821) に発表され、好評を博します。この詩は、ピューリタンの死生観とロマン派の自然崇拝とを合わせたような詩風で、しばしばワーズワスに比されますが、当時はまだ彼の詩を知りませんでした。「水鳥に寄せる To WAterfowl 」もやはりピューリタン的信仰と自然をあつかったもので、傑作の1つとされています。当時のアメリカは、まだ宗教的に保守的で、イギリスのロマン派詩人たちはあまり好まれませんでした。そのため、ブライアントの詩は、ワーズワスの自然詩と似ていても、宗教的要素が濃く、しばしば教訓的なところがあります。『詩集』、『泉 The Fountain 』 (1842) 、『森の賛歌 A Forest Hymn 』 (1860) 、『歳月の流れ The Flood of Years 』 (1878) などの詩集を出しました。批評家としても、1825 〜 26年の「ニューヨーク・レヴュー・アンド・アシーニアム・マガジン」を皮切りに、「ニューヨーク・イヴニング・ポスト」の主筆として1829 〜 78年の半世紀にわたって文壇に勢力を振るいました。彼の立場は、アメリカの詩人は、自国の風土を積極的に扱うべきだ、というもので、最初の批評的アンソロジー『詩歌の文庫 A Library of Poetry and Song 』 (1871) を出します。70年には、ホメロスの『イリアス』、71 〜 72年には『オデュッセイア』の無韻詩による翻訳もあります。

 「花たちの死」は、19世紀の読本や児童文学選などによく掲載され、繰り返し読まれ愛唱された作品でした。


 それでは、また!

posted by 空っぽの皿 at 09:09| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月30日

◆ こ ど も た ち へ の う た の お く り も の

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メール YouTube おなじみの短い手紙 (Le Deserteur) by WATARU TAKADA
夜 YouTube Martha Argerich - Nocturne in F major Op. 15 No. 1

   ラングストン・ヒューズ Langston Hughes

   の ぞ み Hope

   Sometimes when I'm lonely,
   Don't know why,
   Keep thinkin' I won't be lonely
   By and by.

   ときどき ひとりぽっちでいると
   なんだか わからないけど
   ひとりぽっちじゃないって
   思えてくるのさ だんだんと


夜 YouTube Pollini plays Chopin Nocturne op.15 no.3
雨 YouTube Chopin Prelude op.28 - no.15 "Raindrop" D flat (Rubinstein)

   四 月 の 雨 の う た April Rain Song

   Let the rain kiss you.
   Let the rain beat upon your head with silver liquid drops.
   Let the rain sing you a lullaby.

   雨に そっと キスしてもらいなさい
   きれいな銀の雨だれに 頭をたたいてもらいなさい
   雨に 子守歌を うたってもらいなさい

   The rain makes still pools on the sidewalk.
   The rain makes running pools in the gutter.
   The rain plays a little sleep-song on our roof at night ─

   あちこち歩道に 雨のしずかな水かがみ
   屋根のトイを流れる 雨の音
   雨が そっと 夜の屋根をたたいている ──

   And I love the rain.

   ねんねよ やさしい 雨の子守歌


夜 YouTube Pollini plays Chopin Nocturne op.62 no.2

   かあさんから息子へ贈ることば Mother to Son

   Well, son, I’ll tell you:
   Life for me ain’t been no crystal stair.
   It’s had tacks in it,
   And splinters,
   And boards torn up,
   And places with no carpet on the floor-bare. ─
   But all the time
   I’se been a-climbin’ on,
   And reachin’ landin’s,
   And turnin’ corners,
   And sometimes goin’ in the dark
   Where there ain’t been no light.
   So boy, don’t you turn back.
   Don’t you set down on the steps
   ’Cause you finds it’s kinder hard.
   Don’t you fall now ─
   For I’se still goin’, honey,
   I’se still climbin’,
   And life for me ain’t been no crystal stair.

   これだけは 覚えていておくれ
   かあさんの人生は 水晶の階段じゃなかったよ
   足にビョウがささって
   あちこち板がはがれていて
   ジュウタンなんてない床で ──
   むきだしの床で
   でも かあさんはいつだって
   この階段を のぼり続けたきたんだよ
   踊り場までたどりついて
   いろんな角を曲がって
   ときには 暗がりのなか
   明かりもない 暗がりのなかを
   だからおまえも うしろを見ちゃダメ
   おまえの人生の階段をおりちゃダメ
   おりるほうが大変なんだよ
   ほら 気をつけて 落ちちゃダメ ──
   かあさんは のぼってゆくからね
   どこまでも のぼってゆくからね
   かあさんの人生は 水晶の階段じゃなかったよ


かわいい YouTube 高田渡 - 向日葵

 バーナード・A.・フォレスト Bernard A. Forrest

 ぼくは、この詩人を知りません。ネットで検索してみても名前しかわかりませんでした。

本 中島 完(たもつ)訳 『バーナード・フォレスト詩集』 蜘蛛出版社 昭和42年

 京都府立図書館に蔵書としてあるのは確認できました。興味のある方は、お近くの図書館にお問い合わせしてみてください。

本 アーサー・ラッカム
アート Category: Arthur Rackham

 それでは、また!

posted by 空っぽの皿 at 10:38| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする