2009年06月30日

◆ グールド : シェーンベルク 《月に憑かれたピエロ》

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 グレン・グールドの発言


 「・・・ 知っての通り、《月に憑かれたピエロ》は私は1度も録音したことがないんだけれど、その理由というのがね、ありていに言えば、例の歌唱法、つまり<シュプレヒシュティン>の部分を聴くと、文字通り逃げ出したくなってしまうからなんだ。少なくとも器楽の部分だけなら結構いい曲だと思っているのにね」。

 「最近、私は自説を曲げて TV の特別番組用にこの曲の1部を録音したんだけれど、おかげでいい経験をさせてもらったよ」。

TV カナダ CBS テレビ番組『ミュジカメラ Musicamera 』
TV 特集《 我々の時代の音楽 Music in Our Time 》
TV 1975年2月5日、第2回「秩序からの飛翔 ─ 1910年から1920年の音楽 The Flight from Order : Music from 1910 to 1920 」 放映。

 ソニークラシカルは、この放送の音源を使って CD 盤を制作発売しました。

 「これから聴くのは、《ピエロ》全体を構成する21曲のうちの最初の7曲です。それぞれ次のような題がつけられています。<月に酔い>、<コロンバイン>または<コロンビーネ>、<伊達男>、<蒼ざめた洗濯女>、<ショパンのワルツ>、<マドンナ>、そして<病める月>です。お聴かせする部分に使われ楽器は、ヴァイオリン、フルート、クラリネット、バスクラリネット、チェロ、そしてピアノで、指揮はアーサー・ワイスバーグです」。

TV YouTube Glenn Gould and Patricia Rideout: Schoenberg Pierrot Lunaire

喫茶店 YouTube Arnold Schoenberg : Pierrot lunaire - I-VII {PART 1/4}

 グールドは、シェーンベルグの無調時代随一の影響力を持つ作品と見なされる、作品21の《月に憑かれたピエロ》をあまり評価していませんでした。歌唱法上の実用的利点については評価しているものの、これのおかげで曲は、「文字通り気狂い」じみたものになってしまったと言っています。グールドには、この作品の「おそろしく演劇臭い」ところが耐えられなく、「苛立たしい」ものであったようです。

目 グールドは、作品21 《月に憑かれたピエロ》 の 1 部だけを録音して、2 部、3 部は録音していません。

 シェーンベルグは、当初、<シュプレヒシュティンメ Sprechstimme 「話す声」>という語を採用しましたが、やがてその語をやめて「語る歌」を意味する<シュプレヒゲザング Sprechgesang >という語を使うようになります。この放送でグールドは、<シュプレヒシュティンメ>を、シュプレヒゲザング様式で歌う箇所を示す名詞として使い、<シュプレヒゲザング>の方は、この特殊な歌唱法を表す形容詞として使っています。

  <シュプレヒシュティンメ Sprechstimme >、<シュプレヒゲザング Sprechgesang > は、1義的には<レチタティーヴォ>のドイツ語訳ですが、シェーンベルグらの作曲家によって試みられた声楽演奏の1形態のことをも意味します。シュプレヒゲザングによる歌唱では、「歌う部分(ジングシュティンメ Singstimme )と<語る歌の部分>、両方の性格を区別するため、規定された音程とリズム内で語るように演奏する」というふうに、僕は理解しています。

 《月に憑かれたピエロ》、正式な題名《 Dreimal sieben Gedichte aus Albert Girauds Pierro lunaire 》にある「 3 かける 7 篇 Dreimal sieben 」という書き方に 3 と 7 が現われ、これがそのまま作品の詩篇の構成( 3 部各 7 篇)を告げています。また詩篇の合計 21 は、作品番号に対応するとともに作曲年( 1912 )の裏返しでもあります。3 は、作品に関る作者の数(詩人ジロー、訳者ハルトレーベン、作曲家シェーンベルグ)。詩はすべて厳密なロンド形式で、3 連 13 行からなり、最初の 1 行は 3 回繰り返され、7 行目と 13 行目も反復されます。演奏者は、指揮者、歌手、5 人の器楽奏者合わせて 7 人で、ピエロのモチーフは 7 音からなり「 Pierrot 」の 7 文字に対応しています。

 これは、数秘学、数霊術とも訳されていると思いますが、Numerology は、ラテン語の「数、秩序 numerus 」から作られた言葉です。西洋の占術の1種で、アルファベットの文字に順に数を当てはめ単語の数値を計算して、人間の運命、性格、未来の出来事などを予想します。数を万物の原理とし、森羅万象に隠された数的秩序を読み取る神秘思想が基になっていて、そこにはピュタゴラスの数論やカバラ思想などの古代思想が反映されていると言われています。

本 様々なアルファベットと数字の照応一覧表(英語)

 シェーンベルグの無調時代の代表作《月に憑かれたピエロ》作品 21 は、1912年に作曲され、初演者であり曲の依頼者でもあったアルベルティーネ・ツェーメ Albertine Zehme に献呈されました。ツェーメはライプツィヒの富裕な弁護士夫人で職業女優でしたが、同時にコジマ・ワーグナーの下でワーグナー・オペラの歌唱を学んだ歌手でもありました。19世紀末ドイツでは、劇的な筋立てを持った詩を音楽に合わせて朗読することが流行していて、ツェーメもまたそうした<メロドラマ>の上演に傾倒したひとりで、自身ショパンの曲に合わせて詩の朗読をときどき行なっていました。

 1912年初頭、ツェーメは、シェーンベルグにそのような詩の朗読のための音楽を依頼しました。詩は、ベルギーの詩人で「青年ベルギー高踏派」の創始者のひとりアルベール・ジロー Albert Giraud が、1884年にブリュッセルで刊行したフランス語の詩集『月に憑かれたピエロ』を、ドイツのユーモア・諧謔文学の作家オットー・エーリヒ・ハルトレーベン Otto Erich Hartleben がドイツ語訳したものでした。

本 Albert Giraud, Pierrot lunaire ─ Wikisource
本 Albert Giraud ─ The Lied and Art Song Texts Page

 報酬が高額であったのと、自らの裁量で作曲する詩が選べ、自由に歌唱の指導やリハーサルを行なってよいとのことから、シェーンベルグは即座に依頼を承諾し、50 篇の詩のなかから 21 篇の詩を選び、7 篇ずつのまとまりからなる 3 部構成の曲を構想しました。作品は、ベルリンで 1912年3月2日から6月6日にかけての短期間にほぼ書き上げられました。そして、40回ものリハサールを経て、シェーンベルグ自身の指揮のもと、同年10月16日、ベルリンのコラリオン劇場 Choralionsaal で初演されましたが、野次と中傷のなかでの上演となりました。

本 The Arnold Schönberg Center in Vienna (Austria)

 ここでの<メロドラマ>とは、歌なしの語りに何らかの形で音楽が参加する形式のことを指します。19世紀に流行り今日まで定着している感傷的な通俗劇とも、イタリア語でオペラを一般に意味する「メロドランマ(音楽劇)」とも関係はありません。その起源は、18世紀フランスに起こった演劇形式<メロドラム mélodrame >に遡ることができ、思想家として名高い J=J・ルソーとコワニェによる作品《ピグマリオン》(1767)に始まると言われています。

 ドイツでは、チェコ出身のゲオルク・ベンダが《ナクソス島のアリアドネ》(1774)、《メデア》(1774)でこの形式を完成させた後、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ウェーバー、ベルリオーズなどの作曲家が、何らかの形でこの形式に手を染めています。

 19世紀後半では、チェコのフィビヒ(フィビフ)が野心的な 3 部作《ヒッポダミア Hippodamia 》(1889 - 1891)でワーグナーのライトモチーフの手法を使ったこと、そして《ヘンゼルとグレーテル》で名高いエンゲルベルト・フンパーディングが、もうひとつの代表作《王様の子供たち Königskinder 》(1890年メロドラマとして作曲、1910年オペラへ改作)で、<語り>のリズムと音高を表わす特別な音符による記譜を試みたことが注目されました。ことに後者は、シェーンベルグのシュプレヒゲザングへと通ずる直接的な先駆と言われています。

 一方、ヴィーンなどでは、シューベルトも手がけたことのあるピアノとの語りのためのリート風メロドラマが好まれ、この伝統がやがて19世紀末のキャバレー運動を介して、シェーンベルグへとつながり、《月に憑かれたピエロ》を生み出します。また、シュトラウスもこの伝統のもとで、イギリスの桂冠詩人アルフレッド・テニスン Alfred Tennyson の物語詩に基づき、《イノック・アーデン Enoch Arden 》(1897)のような作品を残すことになります。

 グールドは、シュトラウスのこの朗読とピアノのためのメロドラマ《イノック・アーデン》を、カナダ生れの名優クロード・レインズとともに、1961年に録音しています(Columbia ML 5741 / MS 6341 62年発売)。

本 参考テクスト 本

本 Glenn Gould, La série Schönberg, texte etabli et présenté par Ghyslaine Guertin, traduit de l'anglais par Caroline Guindon, notes de Ghyslaine Guertin et Stéphne Roy (Paris : Christian Bourgois, 1998)


喫茶店 YouTube STRAUSS: ENOCH ARDEN / Michael York & John Bell Young. Pt. 3

          Then the third night after this,
While Enoch slumber’d motionless and pale,
And Miriam watch’d and dozed at intervals,
There came so loud a calling of the sea,
That all the houses in the haven rang.
He woke, he rose, he spread his arms abroad
Crying with a loud voice ‘a sail ! a sail !
I am saved’ ; and so fell back and spoke no more.

          やがてそれから3日目の夜、
イノックは身動きもせず、蒼ざめてまどろみ、
ミリアムを介抱しながら、時折、居眠りしていた。
そこへ大きい海鳴りがとどろき渡り、
港のすべての家々は震動した。
彼は眼を覚まし、立ち上がり、両手を大きくひろげ、
「船だ、船だ、わしは救われた」と声高に叫んで、
仰向けに倒れ伏し、再び口をきかなくなった。

  So past the strong heroic soul away.
And when they buried him the little port
Had seldom seen a costlier funeral.

  こうして逞しく雄々しい魂はこの世を去ったのだ。
そして人々が彼を葬ったとき この小さな港は
滅多にこれ以上の盛大な葬式を見たことがなかった。


喫茶店 YouTube Vladimir Horowitz plays Chopin's Etude, op. 25 no. 7

   砂洲を横切りて Crossing the Bar

       by Alfred Tennyson


Sunset and evening star,
  And one clear call for me!
And may there be no moaning of the bar,
  When I put out to sea,

日は落ちて宵の明星は燃え
  われを呼ぶ 冴えわたる声ひとつあり!
この世を去り われ船出するとき
  砂洲にきしめく幽かなる音もあらざれ

But such a tide as moving seems asleep,
  Too full for sound and foam,
When that which drew from out the boundless deep
  Turns again home.

涯てしなき永遠(とわ)の海より来れるもの
  再びふるさとの彼方に還りゆくとき
声もなく 泡もなきほどに充ちあふるる潮の
  動きつつも眠れるがごときものあれ。

Twilight and evening bell,
  And after that the dark!
And may there be no sadness of farewell,
  When I embark;

薄明かりて 夕べの鐘は鳴りわたり
  けれど 闇はあたりを閉ざす!
かくして われこの世をあとに船出するとき
  離別の心を乱す悲しみもあらざれ。

For though from out our bourne of Time and Place
  The flood may bear me far,
I hope to see my Pilot face to face
  When I have crossed the bar.

限られし時と場所とのこの世を離れて
  流れは われを遠く運ぶとも
砂洲を横切り 行きしあとは
  わが魂を導く主に向き合わんことの願い馳せる。



喫茶店 YouTube Glenn Gould plays Brahms Ballade Op 10 No 1 in D minor
喫茶店 YouTube Glenn Gould plays Brahms Ballade Op 10 No 2 in D major
喫茶店 YouTube Glenn Gould plays Brahms Ballade Op 10 No 4 in B major

TV YouTube The Life and Times of Glenn Gould (1 of 5)

夜 YouTube Matthias Goerne - Liederkreis, Op 39 Mondnacht

     V. 月の夜 Mondnacht

     ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ
     von Joseph von Eichendorff


  Es war, als hätt' der Himmel
  die Erde still geküsst,
  dass sie im Blütenschimmer
  von ihm nur träumen müsst!

  それは、まるで大空がそっと、
  大地に口づけでもしているかのようだった
  まるで大地が花たちのほのかな光の中で
  大空のことだけを夢見ずにはいられないほどに!

  Die Luft ging durch die Felder,
  die Ähren wogten sacht,
  es rauschten leis' die Wälder,
  so sternklar war die Nacht.

  そよ風が野に吹き渡り、
  やわらかに穂が揺れ、
  森はかすかなざわめきの音を立てていた
  星の明るい夜だった。

  Und meine Seele spannte
  weit ihre Flügel aus,
  flog durch die stillen Lande,
  als flöge sie nach Haus'.

  そして僕の心は
  その翼を広げ、
  静かな大地へと飛び立っていった
  まるで我が家に帰ってでも行くかのように。


 低声部に、ドイツ語で「結婚」を意味する E (ホ) ─ H (ロ) ─ E (ホ) が現われます。


 それでは、また!
 
posted by 空っぽの皿 at 16:35| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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