《 Never Dreamed You'd Leave in Summer 》
君が夏に逝ってしまうとは夢にも思わなかったよ
離れて行ってもまた帰ってくると信じてた
夏になれば寒さもなくなると思っていた
でも これからの僕は静かな夜をひとりで過ごすんだね
春になればあたたかい愛が訪れる、と君は言ってたね
マイケル!
君が夏に逝ってしまうとは夢にも考えなかったよ
◆ T. S. エリオット T. S. Eliot.
◆ 『荒地 The Waste Land 』 (1922)
"Nam Sibyllam quidem Cumis ego ipse oculis meis
vidi in ampulla pendere, et cum illi pueri dicerent:
Σίβιλλα τί θέλεις; respondebat illa: άποθανεϊν θέλω."
「クーマエというところで一人の巫女が甕の中にぶらさがって暮らし
ていたのを実際に私は目撃したからだ。街の少年たちはいうのだ
『巫女さん、あんたは何がしたいのだ』巫女はいつも答えた『わしは死にたいよ』。」
For Ezra Pound
il miglior fabbro.
より巧みな芸術家
エズラ・パウンドのために。
◆ V. 雷神の言葉 What the Thunder Said より
In this decayed hole among the mountains
In the faint moonlight, the grass is singing
Over the tumbled graves, about the chapel
There is the empty chapel, only the wind's home.
It has no windows, and the door swings,
Dry bones can harm no one.
Only a cock stood on the rooftree
Co co rico co co rico
In a flash of lightning. Then a damp gust
Bringing rain
山あいのこの荒れた窪地で かすかな月の光の中で、
礼拝堂のまわりの倒れた墓石の上を 草は歌っている
あれはただ風の棲み家の、空っぽの礼拝堂。
窓はなく、扉は揺れ、
ひ枯らびた骨では傷つくひともない。
雄鶏がただ一羽棟木にとまり
一閃の稲妻を浴びて啼くのだ
コ コ リコ コ コ リコ
すると湿った風がにわかに起こり
雨を運ぶ
Ganga was sunken, and the limp leaves
Waited for rain, while the black clouds
Gathered far distant, over Himavant.
The jungle crouched, humped in silence.
Then spoke the thunder
ガンガ(ガンジス)河の水は涸れ、しなだれた木の葉は
雨を待つ、黒雲が
群がる はるか遠くヒマラヤの上に。
密林は声もなく背を丸める。
その時 雷神は言った
DA
Datta:[44] what have we given?
My friend, blood shaking my heart
The awful daring of a moment's surrender
Which an age of prudence can never retract
By this, and this only, we have existed
Which is not to be found in our obituaries
Or in memories draped by the beneficent spider[45]
Or under seals broken by the lean solicitor
In our empty rooms
ダー
ダッター(捧げよ):[44] だが我々は何を捧げたのか?
友よ、心を動揺させる血液を捧げよ
一瞬の情欲にかられるあの恐ろしい冒険を
分別ある年齢の人でも慎めぬ情欲を。
このことによって、このことによってのみ我々は実存して来たのだ
このことは死者略伝の中にも出ていない
また慈悲深い蜘蛛が巣をかけた遺芳(いほう)にも
また死に絶えた家で
痩せこけた弁護士が開封する遺言状の中にも出ていないのだ
DA
Dayadhvam: I have heard the key
Turn in the door once and turn once only
We think of the key, each in his prison[46]
Thinking of the key, each confirms a prison
Only at nightfall, aetherial rumours
Revive for a moment a broken Coriolanus
ダー
ダーヤズワム(相憐れめ): 僕はかつて一度
室に鍵がかけられるのを聞いたことがあった [46]
ただ一度だけ 我々は皆自分の牢獄で鍵のことを考える
鍵を考える時には我々は皆牢獄にいることを確認するのだ
日暮れにのみ天使のささやきが
コーリオレーナスのような没落の英雄をしばらくの間甦らせるのだ。
DA
Damyata: The boat responded
Gaily, to the hand expert with sail and oar
The sea was calm, your heart would have responded
Gaily, when invited, beating obedient
To controlling hands
I sat upon the shore
Fishing,[47] with the arid plain behind me
Shall I at least set my lands in order?
London Bridge is falling down falling down falling down
Poi s'ascose nel foco che gli affina[48]
Quando fiam uti chelidon[49] ─ O swallow swallow
Le Prince d'Aquitaine à la tour abolie[50]
These fragments I have shored against my ruins
Why then Ile fit you. Hieronymo's mad againe.[51]
Datta. Dayadhvam. Damyata.
Shantih shantih shantih[52]
ダー
ダーミヤター(己を制せよ); 舟は帆と橈(かい)に熟練した人の手には
調和して愉快に走るのだ
海が穏やかな時には、人の心も乞われるままに、
統御の手に服して鼓動し
楽しく調子を合わしたに違いない
僕は岸に腰かけて
釣りをしていた。[47] あの乾ききった野原に背中をむけて。
せめて自分の土地だけでも規律をつけてみましょうか?
ロンドン橋は落ちそうだ落ちそうだ落っこちそうだ。
それから彼は浄火の中へ身をかくした [48]
私はいつ燕のようになれるだろうか [49] ── おお燕、つばくらめ
廃墟の塔にいるアキターニア公だ [50]
これ等の断片で僕は自分の廃墟を支えてきた
そんならあなたのいう通りにいたそう ヒーロニモーはまた気が狂った [51]
ダッター ダーヤズワム ダーミヤター
シャーンティー(平和あれ) シャーンティー シャーンティー [52]
44.↑ "Datta, dayadhvam, damyata" (Give, sympathize, control). The fable of the meaning of the Thunder is found in the Brihadaranyaka-Upanishad, 5, 1. A translation is found in Deussen's Sechzig Upanishads des Veda, p. 489.
44. 「ダッター、ダーヤズワム、ダーミヤター」(捧げよ、同情せよ、自制せよ)。雷神の真義の寓話は『ウパニシャッド』の5の1の「ブリハダラニヤカー」の中にある。この翻訳はドイセンの『ヴェーダのウパニシャッド60篇』489頁にある。
45.↑ Cf. Webster, The White Devil, v. vi:
". . . they'll remarry
Ere the worm pierce your winding-sheet, ere the spider
Make a thin curtain for your epitaphs."
45. 参照。ウェブスタの『白い悪魔』5幕6場。
「うじ虫が屍衣を喰わないうちに、
蜘蛛が墓碑銘にうすい膜をはらないうちに、
彼らはすぐ再婚するだろう。」
46.↑ Cf. Inferno, xxxiii. 46:
"ed io sentii chiavar l'uscio di sotto
all'orribile torre."
Also F. H. Bradley, Appearance and Reality, p. 346:
"My external sensations are no less private to myself than are my thoughts or my feelings.
In either case my experience falls within my own circle, a circle closed on the outside;
and, with all its elements alike, every sphere is opaque to the others which surround it. . .
In brief, regarded as an existence which appears in a soul,
the whole world for each is peculiar and private to that soul."
46. 参照。『神曲』地獄篇33曲46行。
「とざされた恐ろしい、塔の開く音が下の方
から聞こえてきた」
またF.H. ブラッドレィはその『現象と現実』の346頁に言う。
「私の外面上の感覚は自分の考えることや感じたことと等しく自分には個人的なものだ。いずれにしても、自分の経験というものは自分自身の圏内に属するのであって外面の世界と直接に接している1つの圏内である。そして、圏は皆同等にそれ自身の要素から出来ているのであるけれども、どの圏も、それを囲む他の圏には互いに不透明なものである。・・・換言すれば、1個人の霊(こころ)の中に現れる1つの存在物として見做される全世界というものは個々の人にとってはその人の心に独特なものであり、極めて個人的なものである。」
47.↑ V. Weston, From Ritual to Romance; chapter on the Fisher King.
47. ウェストン女史の書『祭祀からロマンスへ』の「漁夫王」の章参照。
48.↑ V. Purgatorio, xxvi. 148.
"'Ara vos prec per aquella valor
'que vos guida al som de l'escalina,
'sovegna vos a temps de ma dolor.'
Poi s'ascose nel foco che gli affina."
48. 『神曲』煉獄篇26曲148行。
「さて私は、私を階段の頂きまで導いて下さった
善に誓って祈るのだが、
私の苦悩についてやがては考えて下さい。」
と言って、彼はその時彼を清める火の中へ かくれてしまった。
49.↑ V. Pervigilium Veneris. Cf. Philomela in Parts II and III.
49. 『ヴィーナス前夜祭』。その第2部と第3部にあるフィロメーラの話参照。
50.↑ V. Gerard de Nerval, Sonnet El Desdichado.
50. ジェラール・ド・ネルヴァルのソネットの『エル・デスディカードー』
51.↑ V. Kyd's Spanish Tragedy.
51. キッドの『スペインの悲劇』
52.↑ Shantih. Repeated as here, a formal ending to an Upanishad. 'The Peace which passeth understanding' is a feeble translation of the content of this word.
52. シャーンティー(心の平和あれ)。『ウパニシャッド』の終わりにつく紋切り形の言葉であるが、ここにつけられたように繰り返されている。英語でいう「理解を超越する平和」がこの言葉に当たる。
◆ キッドの悲劇『スペインの悲劇』(別名『ヒーロニモーはまた気が狂う』)
ヒーロニモーというスペイン王の式部官長が、宮中の催しとして、芝居を1幕上演することを頼まれ、「それではあなたの仰せの通りにしましょう」と言い、芝居を1幕上演します。そして、その機会で、ヒーロニモーは殺された自分の息子の敵を討ち、最後に自殺します。
この流血悲劇は、エリザベス朝演劇の展開を促した画期的な作品で、セネカを経由した大仰な台詞とセンセーショナルな舞台作りに特色があります。また、のちの復讐悲劇の流行の先駆的作品としても意義を持っています。劇中劇の趣向などの点で、特に『ハムレット』に対する影響が指摘されています。この関係から、キッドは、現存していないのですが、一般に『原ハムレット Ur-Hamlet 』と呼び慣らわされている作品の作者とされることがあります。
芝居の登場人物は、各々人の知らない外国語(ラテン語、ギリシア語、イタリア語、フランス語など)で台詞を言うことにしよう、とヒーロニモーが指導する場面があります。
それでそれをもじって、この最後の訓戒がサンスクリットで閉じられています。
シャーンティー(心の平和あれ)、シャーンティー(平和あれ)、シャーンティー(平和あれ)
地球上の人間が暮らす場所には、7000にも及ぶ諸言語があります。
つまり、この世界には、それらの言語を共有する文化圏があるということを意味します。
石器時代同然の暮らしを営む部族から、日本人がそうであるような電化された現代生活を営む集団まで、さまざまな文化的階梯があることになりますが、それにもかかわらず、こと言語に関しては、そのような違いが見当たりません。たとえ、石器時代と変わらぬ生活をしている部族であっても、言語に関しては、決して石器時代同然というわけではありません。それどころか、その形態に限っては、地球上の諸言語は、いずれも、それぞれが精緻な形態を持ち、優劣を語ることができないほど複雑なものなのです。
そして、7000もの異言語の間では、自由な意思疎通ができず、意思疎通するためには<翻訳>という行為が介在しなければならないのです。
たとえば、ドストエフスキーの『罪と罰 Преступление и наказание』 (1866年) 。ロシア語で『プレストプレーニエ・イ・ナカザーニエ』といいますが、「罪」を意味する「プレストプレーニエ」の語源は「またぎこすこと」です。抽象的な意味をもつこの言葉が、一般的に「犯罪」の意味で用いられています。ですから、本来的には『罪と罰』は、むしろ『犯罪と刑罰』と訳すのが正しいともいえます。
ドストエフスキーは、「またぎこすこと」という「罪」の語源的な意味に強い拘りを持ち続けていました。そもそも「またぎこす」とはどういうことか? 何を「またぎこす」のか?
一般的に「犯罪」は、「法」を「またぎこす」ことを意味します。けれど、「罪」という言葉が暗示するもの、あるいは、「またぎこす」対象は必ずしも「法」のみとは限りません。
『罪と罰』でドストエフスキーが追及しようとしたテーマは、「犯罪」が「罪」へ転化する物語、「犯罪」が「法」のレヴェルから<精神と魂>のレヴェルへと移行する物語だったのではないでしょうか。
言葉ひとつから、「踏み越える」、踏み越えられる一線もあることを、どうか忘れないでください。
「大地を愛すると、永遠に愛すると・・・・・・」。
── ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟 Братья Карамазовы 』 (1880)
「すべてが有機的かつ生命に満ちている。
・・・ 形式と精神に関して最も完全な作品である」。── シューマン
幻 Apparition マラルメ
月は悲しむ。天使は涙を出して
夢み、指に楽弓、かすんだ
花の静寂に死にそうなヴィオロンを
すすり泣き花冠をすべる
── それは君の最初の接吻の恵みの日。
殉教者になりたい私の夢想は
物知りらしく悲しみの香りに酔った、
後悔も苦い後口さえもなく
一つの夢を摘んだ心に残された香りに。
だから私は古い敷石を見つめながら彷徨った時
君は街の夕暮には髪に陽を浴び
笑いながら私の眼に現われるのであった
私はあの光る帽子を被った妖精を見たと思った
彼女は昔 甘えっ子の私の麗しい夢の中を
通過した、いつも軽く握った手から香る星の
白い花束を雪のようにまき散らしながら。
◆ デオダ・ド・セヴラック Déodat de Séverac
◆ 《 悲しい風景 ── 落日 Une aube affaiblie - Soleils couchants 》
◆ ポール・ヴェルレーヌ Paul Verlaine (1844-1896)
◆ 『土星びとの詩 Poèmes saturniens 』 (1866)
◆ 「落日 Soleils couchants 」
悲しい風景 ── 落日 Une aube affaiblie - Soleils couchants
Une aube affaiblie
Verse par les champs
La mélancolie
Des soleils couchants.
La mélancolie
Berce de doux chants
Mon coeur qui s'oublie
Aux soleils couchants.
Et d'étranges rêves,
Comme des soleils
Couchants sur les grèves,
Fantômes vermeils,
Défilent sans trêves,
Défilent, pareils
À des grands soleils
Couchants sur les grèves.
萎えた曙が
野に注ぐ
憂鬱な
落日。
憂鬱が
甘い歌で揺する
ぼくの心は
落日にわれを忘れる。
奇妙な夢は
まるで砂浜に
沈む太陽のようだ
紅の幽霊となり
絶え間なく打ち続く
打ち続く、まるで
砂漠に沈む
大きな太陽のように。
◆ 《梟(ミミズク) Les Hiboux 》 (1898)
◆ シャルル・ボードレール Charles Baudelaire (1821-1867)
◆ 『悪の華 Les Fleurs du Mal 』 (1857)
◆ 第1部 <憂鬱と理想 Spleen et Idéal >
◆ 第67. 「梟(ミミズク) Les Hiboux 」
梟(ミミズク) Les hiboux
Sous les ifs noirs qui les abritent,
Les hiboux se tiennent rangés,
Ainsi que des dieux étrangers,
Dardant leur oeil rouge. Ils méditent.
黒い水松(イチイ)の陰に守られて、
梟たちが並んでとまっている、
まるで異国の神々のよう、
赤い眼を投げつけている。瞑想して。
Sans remuer ils se tiendront
Jusqu'à l'heure mélancolique
Où, poussant le soleil oblique,
Les ténèbres s'établiront.
身動きせずにとまっているのは、
刻が憂鬱を告げるまで、
斜めに射す日を押しのけて、
闇が身を落ち着けるまでだ。
Leur attitude au sage enseigne
Qu'il faut en ce monde qu'il craigne
Le tumulte et le mouvement;
彼らの態度から賢者が悟るのは
この世で心すべきは
喧騒と変動であることを。
L'homme ivre d'une ombre qui passe
Porte toujours le châtiment
D'avoir voulu changer de place.
過ぎ行く影に酔う者に
かならず天罰は当たるもの
居場所を変えようと望んだために。
◆ レイナルド・アーン Reynaldo Hahn
◆ 歌曲集 《 灰色の歌 Les Chansons grises 》 (1893)
◆ 第4曲 : <ひそやかに En sourdine >
◆ ポール・ヴェルレーヌ Paul Verlaine
ひそやかに En sourdine
Calmes dans le demi-jour
Que les branches hautes font,
Pénétrons bien notre amour
De ce silence profond.
ひそかに 暗がりで
高い梢の射す陰で、
ふたりの愛に注ぎ込もう
この深い静寂を。
Fondons nos âmes, nos cœurs
Et nos sens extasiés,
Parmi les vagues langueurs
Des pins et des arbousiers.
溶けてしまおう、ふたりの心も魂も
うっとりとした感覚も、
松と山桃の醸し出す
ぼんやり気だるい風情の中で。
Ferme tes yeux à demi,
Croise tes bras sur ton sein,
Et de ton coeur endormi
Chasse à jamais tout dessein.
眼を半ば閉じておくれ、
胸に腕をまわせておくれ、
そのまどろんだ心のまま
なにも思わず そのままで ずっと。
Laissons-nous persuader
Au souffle berceur et doux,
Qui vient à tes pieds rider
Les ondes de gazon roux.
ふたりの心を委ねよう
やさしく揺するそよ風に、
きみの足もとに吹いて来て
褐色の芝草の波をたてる風に。
Et quand, solennel, le soir
Des chênes noirs tombera,
Voix de notre désespoir,
Le rossignol chantera.
やがて 夕べが厳かに
黒い樫から降りて来て、
望みなき ふたりの声を
ナイチンゲールが歌うだろう。
《 目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声 》
目覚めよ、( Wachet auf )
塔の上高く ( sehr hoch auf der Zinne )
天の薔薇のなかで草を喰(は)む ( in Himmels Rosen weiden )
いつ来たるや、わが救い主よ ( Wann Kommst du, mein Heil ? )
シオンは見張りの歌を聴き ( Zion hört die Wächter singen )
さればわがもとに来たれ ( So geh herein zu mir )
友はわがもの、われは彼のもの ( Mein Freund ist mein, und ich bin sein )
汝にグローリアを歌わん ( Gloria sei dir gesungen )
来たれイエスよ! 来たれ愛する魂よ! ( Komm, Jesu ! Komm, liebiche Seele ! )
◆ レイナルド・アーン Reynald Hahn
◆ 《 イスラムの国で Au pays musulman 》
◆ アンリ・ド・レニエ Henri de Régnier (1864-1936)
◆ 『羽のあるサンダル La sandale ailée, 1903-1905 (poésie) 』 (1906)
イスラムの国で Au pays musulman
Peut-être si j'avais choisi mon temps où vivre,
Eussé-je, grave et doux, vieilli sous le turban
Et ma vie eût passé ses jours calmes à suivre
L'ombre du cyprès noir et du minaret blanc.
もしも生きる時代を選べたとしたら おそらく
僕はターバンを纏って、厳かに優しく年老いただろう
僕の人生は静かな日々を過ごしただろう
黒い糸杉と白い尖頭の影を追っていただろう。
Dans la fraîche mosquée où mille fleurs sont peintes
Sur la faïence lisse autour du nom d'Allah,
J'aurais, les yeux levés vers les lampes éteintes,
Attendu qu'Azraël à mon tour m'appelât.
涼しいモスクの中には千の花が
アラーの名のまわりの滑らかな陶板に描かれていただろう、
消えたランプの方に 眼をあげて 僕は
アズラエルが僕の順番を呼ぶのを待っただろう
À la fontaine pure où coule une onde claire,
J'aurais lavé mes pieds, mon visage et mes mains
Et prosterné mon corps au tapis de prière,
Chaque fois qu'au ciel bleu chantent les muezzins.
澄んだ泉にはきれいな波が流れ、
僕は脚を、顔を 手を洗っただろう
そして祈りの絨毯に身をひれ伏して、
青空に祈祷の時が鳴るのを聴いただろう。
Et sur la Corne d'Or, par la nuit étoilée,
Mon Caïque eût fendu le flot pareil aux cieux
Et ma femme, pour tous jalousement voilée,
N'eût montré qu'à moi seul les astres de ses yeux.
<金の角>の上の、夜空に星が出る頃に、
僕のカイーク舟は空に似た波を押しのけて行っただろう
僕の妻は、用心深くヴェールを纏い、
僕ひとりにしか目の輝きを見せなかっただろう。
Ainsi j'aurais vécu dans la demeure close,
Mêlant, à la senteur en feu du tabac fin,
Le parfum du Sental et l'odeur de la rose,
Sous quelque vieux sultan au nom sonore et saint.
こうして僕は閉ざされた住居に生きただろう、
繊細なタバコの火の芳香に、
白檀の香りと薔薇の匂いを混ぜただろう、
高らかで聖なる名の老いたスルタンの下に。
Et dans le cimetière où se pressent les tombes
Harmonieusement et du haut des cyprès,
La vois des rossignols et la voix des colombes
Enchanteraient, là-bas, mon sommeil sans regrets.
そして墓石のひしめく墓地では
糸杉が高みで調和を保って、
ナイチンゲールと鳩の声が
そこで、僕の悔いのない眠りを揺すって。
Mais, qu'importe la vie à qui peut, par son rêve,
Disposer de l'espace et disposer du temps ?
Qu'importe, puisque j'ai, d'une illusion brève,
Satisfait pour jamais mon désir d'un instant !
その人生がなんだろう、自らの夢によって、
空間を支配し 時間を支配できる者にとっては?
なんだろう、僕は短い幻影の中で、
永遠に 一瞬の欲望を充たしたのだから!
Et qu'à travers Stamboul et dans la verte Brousse,
J'ai ressenti l'attrait du pays Musulman
Où s'allonge, le soir, sur la terre âpre et douce,
L'ombre du cyprès noir et du minaret blanc !
イスタンブールを経て 緑なすブルザへと、
僕はイスラムの国の魅力を痛感した
そこでは厳しくも、優しい地上に、夕暮れになると、
黒い糸杉と白い尖頭の影が伸びる!
僕は 一晩中祈っていた
星が 君を僕のところまで導いてきてくれるように
・・・
忘れられない想い出がつくれるように
・・・
そう きっと神様が見ていてくださるのさ
だから どんなことがあっても僕らに力を与えてくださるはず
これからひとりじゃないことを
星空のリボンが祝ってくれている
・・・
星空のリボンが 僕らのために輝いているよ
おはよう、こんばんわ
こちらは庶民の味方のアナウンサー
みなさんに、お伝えすべきシリアスなニュースがあります
私が今からお話することは
世界の惨事を意味するかもしれません
みなさんの喜びや笑いを、涙や苦痛にしかねないのです
それは ──
─ 7月9日7時20分配信 時事通信
─ 7月11日7時56分配信 産経新聞
きょう、愛が愛を必要としています
遅れないで
あなたの愛を 今すぐに送ってください
憎しみがそこらじゅうに蔓延し、多くの胸を痛めています
それをくい止めなくては 手遅れにならないうちに
邪悪な力は あなたを悪の所有物にと企てています
このままだと みなさんを破壊して 本当にそうなってしまいます
わたしたちは 予防策を講じる必要があります
あなたが愛と平和を宝物にしているなら
これが私の言葉です
・・・ それは君次第、
傷つける ── 憎しみはなんども僕の心を破壊しようとした
多くの心が傷つけられている
お願いだから ── それをくい止めてほしい
お願いだから くい止めよう
手遅れにならないうちに そうならないうちに
愛はとても平和だ
少しでもいいから もってきてほしい
憎しみが蔓延して 心を破壊している
お願いだから、止めよう!
LOVE 愛だ!
愛が必要なのは きょうの愛だ
遅れないで 今すぐに
世界に愛を!
・・・
だけど ここには
真実のものがあるんだ
この3つの言葉をきみに伝えよう
アイ・ラブ・ユーと言いたくて電話しただけ
僕の気持ちを伝えたかった
アイ・ラブ・ユーと言いたくて電話しただけ
心から愛しているよ
真夏でもなければ
快適な7月でもないし
8月の穏やかな夜を照らす満月もない
秋のそよ風もなければ
枯葉が舞うわけでもないし
渡り鳥が南の空へ旅立つ時季でもない
・・・
だけどここには
古めかしくて しかも新しいものがあるんだ
きみの心を満たす3つの言葉
アイ・ラブ・ユーと言いたくて電話しただけ
僕の気持ちを伝えたかった
アイ・ラブ・ユーと言いたくて電話しただけ
心から愛しているよ
心から
心から
Datta. 「捧げよ」 「捨てよ」 「やめよ」。
Dayadhvam. 「相憐れめ」。
Damyata. 「己を制せよ」。
Shantih shantih shantih
「心の平和あれ 平和あれ シャーンティー」
それでは、また! I Do Love You !


