2007年10月18日

■ 『夜想曲第十二番』の苦悩

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 魂と情熱が燃え盛り

 羽と花とが絡み合う。

 思いの限りを尽くして

 あなたにふさわしい言葉を探したい。


 (シャルル・ファン=レルベルグ「言いようのないもの」より)


 フォレGabriel Fauréフォーレ)の音楽は、人生の苦しみや、人を熱狂させる猥雑な興奮状態を洗い流し、鎮静化してくれる。フォレの音楽のすべてに、このようなカタルシス効果が認められると思う。彼の音楽は、魅惑に富んだ『バラード』嬰ヘ長調から、神秘的な雰囲気を持った至高の祈り『イン・パラディスム』を経て、穏やかな三度音程からなる『砂の上の墓碑銘』と『夜想曲第十三番』に至るまで、絶えず生命の水によるカタルシス効果を発揮していると言えよう。

 「あなたの安らぎは、深淵なる海よりも深いものであり、大河となって流れ出る」とは、フェヌロンの言葉である。安らぎの大河が、我われの希望の舟を力強く運んでゆくのだ。そしてこの大河は、清らかな生命の水の流れであり、油ぎった官能の海にも、まどろみや昏睡の状態にある暗い湖にも注ぐことはなく、澄んだ明るい太平洋に注ぎ込んでゆくのである。『ピアノ四重奏曲第二番』の「緩徐楽章」における、ヴィオラの、そしてヴァイオリンの、約束するような甘い語りかけの部分に見てとれぬだろうか。

 たしかに彼の音楽は、往々にして厳しく、人を困惑させ、時には不快にもすることがある。そのうえ、この上なく甘美な音楽になるためには、まだ多くのものが欠けているのも事実だろう。
 
 しかし、その奥に秘められている「魅力」のおかげで、憎しみで一杯の仏頂面は消えてしまうのだ。彼の音楽は、死者としてではなく生きながらにして死んでいるような我々を、すなわち醜くて不愉快きわまりない死骸のような我々を、不安から解放してくれるのである。意地悪な人をその怒りから、怯える人をその恐怖から解放するとともに、テロリストや恐怖に震える人が、ともに同じ暗い湖に落ちないように、道を照らしてくれる。

 絶望的なほど潤いのない今日においては、
 魅力についてや、音楽が各人の心に親しく語りかけることについて論じられるようなことは、
 ほとんどと言っていいほどあり得なくなってしまった。
 だが、真実は不変なのだ・・・・・。
 たとえば、『夜想曲第六番』の長大な旋律だが、
 これはまるで友人のように、すぐさま心情に訴えかけてくるのである。
 ただ、もちろん、聴く者が、人の心をもっていればの話ではあるが・・・・・。

 「音楽は喜びの友であり、苦しみを癒す」
              〜ヨハネス・フェルメール Johannes Vermeer

 フォレの魅力は、思慮深い微笑みに込められた、
 あの知り得ぬものに他ならなく、
 それはフェルメールの青色にも通じるものなのである。



 ■出典:Vladimir Jankélévitch,Fauré et l'inexprimable; tome I: De la musique au silence, Paris, Plon, 1974 ; より引用・構成してみました。

 日本では、「ウラディミール・ジャンケレヴィッチ著 『音楽から沈黙へ フォーレ 言葉では言い表し得ないもの・・・』 大谷千正、小林緑、遠山菜穂美、宮川文子、稲垣孝子 訳、新評論 」 2006年に刊行されています。

 ジャンケレヴィッチの著作はすべていいのですが、本著は特にお勧めします。高価な本ですが、それだけの価値はあります。図書館にも揃えられていると思います。ぜひ、ご一読を!

 初めて目にする地名や人名、音楽用語、文学、物語、詩など引用がすごく多いと思います。が、それらをひとつひとつ調べてゆき、知るのは、とても楽しい作業になります。本を読む醍醐味が、きっと味わえると思います。


posted by 空っぽの皿 at 01:27| パリ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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